第58話

母はこの時、きっとひどく傷付いただろう。


 留学の為に訪れた日本で父と出会い、まもなく私を身籠った。北アメリカでは名の知れた、とある財閥の一人娘として何不自由なく育ってきた母にとって、初めて訪れた人生の壁であると言えた。


 それなのに母は父と私を選び、二度と故郷に帰らない覚悟を決めて日本に帰化した。あの一瞬見せた母の悲しそうな顔を、私は今でも忘れられない…。


「亜利寿」


 痩せて細くなった母の両手が、ゆっくりと私の頬を包んだ。


「皆、似ているようでいて、実は違うの」

「…え?」

「確かにお友達は真っ黒な髪の子ばかりだし、ママや亜利寿みたいに青い目もしてない。でも、皆一人一人どこかが違っていて、だから一緒にいて楽しいの。亜利寿はね、皆よりそれがちょっと多いだけなの…」

「でもぉ…」

「亜利寿、忘れないでね」


 母は、私をぎゅっと抱き締めた。母の胸の中に収められた私は、その温もりがとても心地よかった。


「ママは、パパと亜利寿に出会えて良かった。忘れないでね、一期一会という言葉と――ママが幸せだったという事を」

「ママァ…」

「亜利寿…I LOVE YOU FOREVER...」


 それが、母との最後の会話になった。母はその日の夜に急変し、二度と私を抱き締めてはくれなかった…。

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