第52話

美希があの日の事を覚えているかは分からない。しかし、あの頃のように「さなちゃん、あそぼ!」と言い続けていれば、元気になった佐奈江が出てきてくれる。もしかしたら美希は、そんな淡い期待を抱いているのではないだろうか…。


 その為に、一体いつからここにいたのだろう。どれほど同じ言葉を繰り返して、佐奈江を待ち続けていたのだろう。それを考えると、良は胸が締め付けられる思いだった。


「さなちゃ…あそぼ。さ、なちゃ…」


 右足がひどく痛むのか、美希の声が徐々にか細くなっていく。足元がおぼつかず、松葉杖を握っている両手もガタガタと震えていた。もうこれ以上見ていられなかった。


「美希…」


 気が付けば、良は美希の元に駆け出していた。


 夕焼けがすっかり沈んでしまった暗がりの中、美希は近付いてきた人影が何者か分からずに怯えた顔を見せるが、少しして良だと気付いた途端、薄く微笑みながらその場に倒れ込んでしまった。


「美希!」


 良は慌てて美希を抱きかかえる。美希の身体は小刻みに痙攣していた。


 小さく開いた唇から痛みを訴える呻き声が漏れている上に、その唇がすっかり渇ききっている事から、この二日間、食事どころか水すらも口にしていないだろうという事が安易に窺えた。

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