第47話

「じゃあ俺、仕事行くからな。明日こそは学校行けよ?」

「……」

「明日行かなかったら、兄ちゃん無理矢理にでも連れてくからな。分かったな、佐奈江」

「……」


 佐奈江は返事もせず、ただ背中を向けていた。そんな妹に深い溜め息を漏らして、良は玄関を出た。


 どうしてああも反抗的なのか…アパートの階段を降りながら、良は頭を悩ませた。


 思春期特有のものにしては、かつて自分が通り過ぎた時のものと比べて、どこか違うような気がする。


 歳が離れているから?男と女だから違うのか?そんな事をぼんやり思っていた良の視界に、制服を身に纏った一人の少女がアパートを見上げている姿が映った。


「さ、なちゃ…あそ、ぼ!」


 佐奈江が通っている中学校指定の制服を着てそこに立っていたのは、幼い頃、公園で佐奈江を野良犬から守ってくれた少女――美希だった。


 初めて美希と出会ってから一年ほど経った頃、良は細川に呼び出されて、美希の素性を聞かされた。


 波根川美希は、先天性の知的障害を持っていた。努力しても、せいぜい小学校高学年程度までしか知能は上がらないと診断されてしまい、それを聞いた若い両親はあっさりと美希を養護施設に預け、自分達はさっさと離婚した挙げ句、新しい家庭を作ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る