第37話

野良犬の姿が完全に見えなくなった途端、火が付いたように佐奈江が大声を出して泣き始めた。その泣き声に、鉛のように重くて動かなくなっていた良の足がびくんと反応した。


「佐奈江っ!」


 良は急いで砂場に走り寄り、泣いている佐奈江を抱き締めてやった。よほど恐かったのだろう、佐奈江の小さな両手は良の肩をぎゅっと掴み、引き付けを起こしそうなほど泣いている。


「りょ、良…お兄ちゃ…!」

「もう大丈夫だぞ、犬はもういないからな」


 佐奈江の頭を優しく撫でながら、良は小さな人影に目を向けた。一言お礼が言いたかった。しかし、良は子供心に不思議な違和感を感じ、すぐには何も言えなかった。


 人影はやはり、佐奈江と同い歳くらいの小さな女の子だった。


 しかし、佐奈江とは何かが違う。無表情に近いのだが、何が不思議なのか、きょとんとした瞳で良と佐奈江を見つめ続けている。佐奈江を守ってくれていた両腕はまだ広げたままで、時折、「んぅ?」と小さな声を漏らし、首を傾げている――。


「あ、あの…」


 良が口を開きかけた。とにかく、お礼の言葉を言わなくては。

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