第36話

さっきまで楽しく砂をいじっていた妹が身を強張らせ、がたがたと震えている。彼女のすぐ目の前では、少し大きめの野良犬がその場を行ったり来たりしていたのだ。


 良でさえ大きいと思うのだから、幼い佐奈江から見ればもっと大きく、恐ろしく見えているに違いなかった。


「佐奈江っ…!」


 確か野良犬の中には、狂犬病とかいう恐い病気を持っているのもいたと、どこかで聞いた覚えがある。咬まれたら死んじゃう事だってあるのだと…。


 良も恐ろしかったが、小さい妹が野良犬に怪我をさせられる事の方がよっぽど嫌だった。良が勇気を振り絞り、砂場へと駆け出そうとしたその時だった。


 自分より早く、佐奈江と野良犬の間に駆け付けた人影があった。その小さな人影は佐奈江を守っているつもりなのだろう。唇をきゅっと結び、精一杯両手を広げて野良犬を見ている。


 佐奈江の瞳からは大粒の涙がこぼれているというのに、同い歳くらいであろうその人影は一歩もその場から動かない。その表情に恐れは全くなかった。


 野良犬は、人影と佐奈江の目の前を相変わらずうろうろしていた。絶えず二人を見ているようだったが、やがて飽きてしまったかのように背中を向け、野良犬は公園の外に出て行ってしまった。

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