第18話

横断歩道を渡り切ると、美希は住宅街を再び西に沿ってゆっくりと歩いた。


 腕時計を持っていない美希は、待ち合わせの時間がとっくに過ぎている事に全く気付いていない。相変わらずニコニコと笑いながら歩き続け、たまに立ち止まっては自分の周りの風景や行き交う人々を楽しそうに見つめていた。


 高い空の上でゆったりと流れる雲や、飼い犬との散歩を楽しんでいる主婦らしき女性、ジョギングに出かけようとしているおじいちゃん…。


 他人からすればあまりにも日常的で些細な事でも、美希の瞳にはきらきらと輝いて見えていたのかもしれない。それほど、美希の中で培われた世界は純粋であった。


 歩いては立ち止まり、立ち止まってはまた歩き出すという行動を繰り返していた美希が、ある学習塾の前にようやく辿り着いたのは午後四時少し前だった。学習塾の入口の前には、何人かの少年少女がいるものの、美希が会いたい人物の姿はなかった。


「さ、さ、なちゃ…ん?」


 きょろきょろと首を動かし、そうっと入り口の向こうのロビーにも目をやる。しかし、既にシャッターが下りた受付カウンターがちらりと見えただけで、やはりいない。

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