第63話

俺は自宅謹慎になった。


あれから先生達に取り押さえられ、俺が殴ったあいつは保健室へ運ばれ、その後病院へ行ったらしい。

幸い脳や耳などの機能に異常はなく、入院するような騒動にはならずに済んだ。


俺は両親と共にそいつに謝りに行った。

異常なしといっても痛々しく顔に傷を負ったそいつの前で、必死に謝罪する両親。

その横で頭を下げながら、尚も残る釈然としない感情。


殴ったのは悪かったと思う。

でも、こいつだって悪いじゃないか。

そう思うが、口には出せない。


事を知った親父に殴り飛ばされた頬が痛んで、その傍で泣いていた母さんの姿が脳裏にこびり付いて、とてもそんな主張などできなかった。


それに、真尋に知られることも怖い。

殴ったことじゃなく、噂のことを。


だが、警察に突き出されてもおかしくないような事をしたはずが、相手の親は穏便に済ませてくれた。

自分の息子にも非はあったから、と。

どうやら、あの場にいた遠藤が一部始終を話してくれたらしい。


一瞬焦ったが、やっぱり遠藤も細かいところは伏せたようで、おおまかにしか語られなかった。

遠藤だって真尋が大切なんだろう。

あいつに感謝した。


真尋を傷つけたくない。

自分のことが発端だと思わせることも避けたい。


だから、もうこれが現状での最良の展開だと思った。



全てが済んで自宅に戻ったのは夕方のこと。

日が沈みかけて夜へと向かう薄暗い自室で一人きりベッドに腰かけ、右手に巻いた包帯を見つめる。


拳を傷めるほど殴った感触が、時を追うごとに鮮明さを増してくる。

遠藤の言葉を思い出して、東高への進学の件はどうなるだろうか、と今更ながらに思った。


けれど、後悔はない。

どうあっても見逃すことはできなかっただろうから。



そうしてぼんやりと過ごし始めて、さほど経っていない頃。

不意に扉の向こうが騒がしくなった。


誰かが階段を駆け上がってくる。

それがこちらへ向かってくるとわかるが早いか、扉が開けられ俺は振り返った。

そして、目を見開く。


入口にいたのは、真尋だった。

やや上がったような呼吸をしながら、どこか怒気のようなものを纏って立っている。

その目は真っ直ぐに俺を睨んでいた。


「司、今日3年生を怪我させたって本当?」


室内だというのにコートを脱がないままの真尋は、うちに入ってすぐにここへ来たんだろう。


いつか真尋の耳に入るのは必然でしかないことはわかっていたが、いざ問われるとドキリとする。

加えて俺は、まだそれほど冷静になれていなかった。


「…聞いたのか」


それでも落ち着きを装う。

でも裏目に出たのか、聞くなり真尋は顔をしかめた。

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