第62話
―――俺は、殴った。
何度も、何度も、そいつを殴った。
許せなくて。
もしかしたら真尋も噂を耳にしているかもしれない可能性を思うと、叫びたくなるほどに許せなくて。
不安や心配を払拭するように、殴った。
真尋は遠藤が好きだ。
母親が好きだ。
亡き母の思い出の曲を遠藤のために弾きたいと思うほどに、母親を思い、遠藤だけを見て、一途に想い続けている。
それなのに。
それなのに―――!
「おい、やめろ!蘭堂!」
一心不乱に殴り続ける俺を、遠藤が後ろから羽交い絞めにする。
俺は拳を振り上げたまま我に返った。
「もう伸びてるよ。だからやめろ…」
見下ろすと、遠藤の言葉通りそいつは気を失っていた。
赤い景色が広がる。
何発殴ったか知れないそいつの顔も、俺の拳も、とにかく真っ赤で、それが少しずつ俺の頭を現実に引き戻していく。
気が付けば俺達の周りには人だかりができていた。
みんな驚きや怯えを映した顔でこちらを見ている。
俺は呆然とする頭で視線だけを動かし、真尋の姿を探した。
でも見えない。
幸いだ、と、そう思った。
もしも、真尋が今の俺を見たら、どう思うだろう。
怒るだろうか、恐れるだろうか。
それとも…
…悲しむだろうか。
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