第60話

「良かったな」

「遠藤こそ。バスケ推薦決まったんだろ」


俺が返せば、遠藤もたった今の俺と同じような顔をしてから頷く。

遠藤はすでに秋頃にバスケットボールでの推薦で進学先が決まっていた。

ちなみに、こちらの情報も真尋からなのだが。


遠藤はどうだかわからないが、俺はこいつも合格できて良かったと思う。

希望する先に受け入れてもらえるというのは、誰であっても喜ばしいことだから。


「頑張れよ」

「蘭堂もな」


それ以上に会話は続かず、最後に言葉をかけ合ってからお互いにその場を離れる。

しかし、その刹那…


「えー!マジかよ!?神崎って、2年の神崎真尋だろ?」


突如耳に飛び込んできた真尋の名に、俺は足を止めた。


「本当かよ、その話」

「本当だよ。みんな言ってる」


賑やかな廊下に聞こえてくる男の声。

見渡すと、今昇ってきた階段の踊り場に2人の男子生徒がいる。

どうやら発信源はそこらしく、思わず凝視した。


今、真尋と言った。

“神崎真尋”と。


別に誰が真尋の話をしていても構わないはずなのだが、あいつに惚れている身としては気になってしまう。

それは遠藤も同じようで、数歩離れたその場所で踊り場のほうを見つめて立っていた。


立ち聞きする趣味はない。

でも、2人の口振りが気がかりで、俺は耳をすました。


「あいつがなぁ…そうは見えないのにな」

「そうか?あんな派手な顔してるんだから有り得るだろ」

「でも3股だろ?そのうち1人があの遠藤で、そこに2人加わるとしたらどんな奴なんだよ」


遠藤の名が挙がった刹那、当の本人の体がピクリと動く。


奴等の話し方が癪に障るが、それ以前に聞き捨てならないのは下世話な話の内容。


3股…というのは、やっぱりあれだろうか。

何人もの異性に手を出しているという類の意味の。

まさかそれを真尋がしていると言うのか?


そう認識した途端、腹の底から湧き上がるような怒りを覚える。


俺は真尋がそんなことをする奴ではないことを知っている。

考えたくはないが、真尋には遠藤だけだ。

ましてや3股だなんて、次元を超えすぎだ。


傍に立つその張本人を見れば、足元を見据えている。

俺とは違い、ショックな思いもあるんだろう。


…馬鹿野郎、疑ってんじゃねぇだろうな。


遠藤に問おうとした途端、踊り場の2人から笑い声が上がる。

そのどこか面白がるような雰囲気にカチンときた俺は、割って入るべく足を踏み出そうとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る