第59話

一月。

俺は予定通り東高を受験した。


結果は、見事合格。


みんな自分のことのように喜んでくれた。

親父は俺に握手を求めてきて、母さんは…涙ぐんでいた。


安心した、おめでとう、と言ってくれたそのことで、俺も嬉しくなった。


これまで親にかけた心配を詫びながら、心からそう思った。



+++++++



推薦入試組に続き、一般枠で私立高校を受験した奴等の進路も決まりゆく3学期は、俺達3年生にとってなんとも落ち着かない毎日の繰り返しだった。


なんだかピリピリしている奴がいたり、なんだか不安げな奴がいたり。

より良く卒業を迎えるための準備が公私共に始まったり。


途端に慌ただしくなったのは航太も例外ではなく、実力よりやや上の高校を受験することに決めたあいつは、日々勉強に励んでいる。


その証拠に、あいつの目には伊達メガネ。

賢そうに見えるからと形から入ったらしい。


2人でつるんで出かける機会は格段に減ったが、航太は解らない問題があると、たまに俺に尋ねてくる。

それに答える時間を、それはそれで楽しんでいる俺がいる。


すべて今しか味わえないことだと思うと、斜に構えて過ごすのは勿体なく感じる時期だった。



そんなある日の昼休みのこと。

俺は両手にプリントの束を抱えて廊下を歩いていた。


表に書かれているのは、体育科に関する内容。

どうやら授業に使うものらしいが、さっき職員室前で担任に会ったのが運の尽き。

合同体育の授業で使うため該当クラスに配ってほしいと言われ、渋々ながら承諾したものだった。


プリントは1人分が複数枚に渡るらしく、地味に重い。

どうして俺がと多少ふて腐れながらのため尚更だ。


階段を昇りきり、自分のクラスのある廊下に差し掛かった時、さらにうんざりしてしまう出来事が起こる。

走って来た生徒とぶつかりそうになり、接触は免れたものの弾みでプリントをぶちまけてしまったのだ。


「ごめんな!」


相手は悪びれながらもそのまま走っていく。

何をそんなに急いでいるのか。


額に青筋が浮かぶ思いで深い溜め息を吐き、散らばったプリントを拾い始める。

すると、視界に別の手が現れ、顔を上げた俺は目を見張った。


そこにいたのは遠藤だった。

そして、落ちているプリントを俺同様に拾い上げている。


一度視線が合って、だが、お互いに無言。

やがて全てが片付くと、遠藤は手にある束を正しながらこちらへやって来た。


「…どうも。悪いな」


受け取りながら告げる。

そのまま立ち去るか気まずい空気が流れるかと思ったが、遠藤も口を開いた。


「東高、合格したんだって?」


不意の話題で驚く。

なぜ知っているのかと思ったが、すぐに理解できて頷いた。

きっと情報源は真尋だろう。

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