第7章 決壊
第56話
第7章【決壊】
急に周囲が慌ただしくなる。
夏真っ盛りで楽しいこと目白押しの夏休み…
太陽を背負って歩いているような航太ほどではないものの、自分なりに夏を楽しもうと思っていた俺は、この夏の変貌ぶりに戸惑った。
どうやら受験生には夏休みなど存在しないらしい。
みんな、こぞって塾の夏期講習に通っていた。
大変なんだな、と推薦入試組の俺は無関係を装っていたが、どうやら俺も例外ではないらしい。
終業式の日に担任から作文の宿題を山ほど言い渡された。
受験の際に作文が必要らしいのだ。
願書だけ出したらそれでいいと思い込んでいた俺は驚いた。
作文とは面倒だ。
「作文の書き方」という本を手渡され、ロゴが大きく印字された表紙を眺めながらげんなりしたのだった。
そんなこんなで、受験生感でいっぱいの夏が終わりを迎えると、暦の上では秋が来る。
しつこいほどの暑さを残す中、催されるのは体育祭。
特に情熱を持ったことがないまま参加した中学校生活最後の体育祭は、大きな盛り上がりを見せた。
その理由は、4色に分かれたうちの1組の応援団長が、航太だったから。
是非団長に、という周囲からのラブコールが集中した航太は、みんなの期待に応え、やり遂げた。
俺は航太と別の組だったから団員に駆り出されることはなかったが、一緒だったら加わっても良かったかもしれないと思ったほどに楽しそうだった。
そして、そんなお祭り騒ぎが鎮まると、空気はようやく秋の色を帯び始める。
この秋は、俺達にとって特別だった。
真尋の母さんの7回忌。
亡くなってから6年目の秋を迎えた。
その日は朝から雨が降っていた。
寺の空気は、まだ晩秋も迎えていないというのに、どこか冷たい。
畳も柱も触れる物すべてが冷えている。
それが物悲しさを感じさせる一方で、また、どこか清々しさのようなものも帯びていた。
数日前から帰国していた真尋の親父さんを施主とし、法要は滞りなく終わった。
寺の一室で会食をすると、真尋の母さんの思い出話に花が咲く。
法要の間ずっと下を向いて顔の見えなかった真尋は、親父さんの隣で笑顔でみんなの話を聞いていた。
久し振りの親父さんと過ごす時間が嬉しくてしかたがないようだった。
俺はというと、お約束のように見舞われていた足の痺れから解放され、末席に座っていた。
真尋や菊乃のようにみんなの会話に加わることもなく、ただ耳を傾けながら雨に濡れる景色を眺める。
寺というのは不思議なものだ。
静かで心穏やかにさせる何かがある。
気が付くと、俺は柱に体を預けて眠ってしまっていた。
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