第55話

最近は内申書というやつがとても重要なのだ、と俺の過去の成績表を見せながら力説する担任。

それなら尚更無理じゃないのかと思うが、教師というものの考えていることはよくわからなくて首を捻る。


だが、内心はなんだか嬉しかった。


これまで別に学校や先生達に対して思うところはあまりなかったが、それほど歓迎されていないだろうとは感じていた。


それが、担任ばかりでなく、他の先生達も俺の見る価値のある部分は見てくれていたのかと思うと、正直悪い気はしなかった。


難色を示した先生も中にはいただろう。

それでも、担任は俺にこの話を持ってきた。

その姿は、窓の外の陽光を受けて、なんだか光ってさえ映るのだ。


「でもな、受けるなら条件がある」

「条件?」

「その他の素行をちゃんとしろ。髪も黒く染めるんだ」


聞くまでもなかった、案の定と言ってもいい言葉。

これまでと同じに振る舞っていたら推薦受験にそぐわないことは、俺にもわかる。


それを象徴するように、指で摘まんで透かし見た俺の前髪は、金に近い輝きを帯びていた。


約2年、時に色味を変えながらも明るい色を貫いてきた俺の髪。

それをここらで終わらせてもいいかもしれないと思うような前向きさが、今ここにはあった。


「…わかりました。やってみます」


頷くと、俺がすぐに受け入れると思っていなかったらしい担任の顔が、朗らかに緩められる。

長机越しに手を握ってきて立ち上がるその様子は本当に嬉しそうで、俺まで満更じゃない気持ちになった。


頭の中では、どこでどんなふうに髪を染めようかと早くも考え始めている。


知らなかった、俺は褒められて伸びる子だったのか。

単純な俺はそんな風に思いながら進路指導室を後にした。




翌日、俺は新たに染めた黒い髪で登校した。


黒い染料を使ったから地の髪より人工的な色合いの真っ黒に染まったが、なんだか新鮮で自分じゃないように思える。


通学路の段階から浴びる、他の生徒達の驚きの視線。

航太に至っては、俺を見るなりあんぐりと口を開けて固まってから、すぐにうるさいくらいに騒ぎ立てた。

理由を話したら、さらに驚いていた。


しかし、そのすぐ後で、自分も染めようかなと零していた。

「ギャップでモテ期が来るかもしれない」らしい。

相変わらず面白い奴だ。


真尋や菊乃も驚いていた。

そして、似合うと言ってくれた。


真尋はどこか嬉しそうで、それを見た俺は心の中でガッツポーズ。

担任教師に感謝までする始末だった。




未来なんて見えなくて、すべてがまだ先の話だとすら思ってもいなかった俺の毎日。

それが、この夏を境に変わろうとしているのかもしれない。


そのことは、やっぱり満更悪くない。


…いや、とても良いことのように思えるのだった。

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