第52話

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翌日の昼休み。

俺は体育館へと向かっていた。


昼食を終えた後の校内の廊下や中庭は、束の間の息抜きに寛ぐ生徒達で溢れる。

普段なら俺も航太達と気を抜いた時間を過ごしているのだが、今日は一人あまり縁のない体育館を目指している。

それには十分に訳があった。


昼休みの体育館は、毎日に等しく無人。

でも、近付いていくと何やら音が聞こえ始め、距離が縮まるごとに大きくなる。

それがボールが跳ねる音だったり靴底が床を蹴る音だったりすると分かる頃には、もう俺はその入口に立っていて、中に人影を見つけていた。


そこにいたのは遠藤だった。


遠藤は、部活時間でもないというのにTシャツとジャージ姿で、一心にボールを操っている。

黙々とゴールを目指すその動きは機敏で多彩。

俺だって決して運動神経は悪くないほうだと思うが、遠藤のプレーは素人目にも巧いと感じて目を奪われそうになる。


さっき教室で遠藤のクラスメートから聞いた情報どおり1人で練習しているらしく、見たところ他の生徒の姿はない。

さらに遠藤が俺に気づく気配もないため、中に入ってみる。

遠藤のテリトリーに踏み込むように思えて、緊張を覚えた。


見ると、壁際にボールが1つ。

手に取って拾い上げ、その場で数回ドリブルすると、これまで館内に響いていた音が止んだ。


俺も手を止め顔を上げる。

すると、俺が立てた音に気づいたのであろう遠藤と視線がぶつかった。


遠藤は意外そうに目を丸めていたが、やがて状況を理解したのか荒い呼吸をしながらTシャツの袖口で顔の汗を拭った。


その目はなお俺を見ていて、バスケから俺へと注意が移ったとわかった俺は歩み寄ることにした。


「…何?」


いくらか歩んだところで、ボールを床に置いた遠藤に問われる。

プレーを目にしてからの緊張が残っていたというよりも、ここへ来る時点から胸にあった緊張で気を張っていた俺の息が詰まる。

同時に足も止まった。


「…話がある」


恐らく遠藤もうすうす気がついているであろう答えを返す。

それから手にしていたボールをバウンドさせて遠藤に渡すと、奴は慣れた手つきでそれを取った。


何の用だと言いたげな目。

当然だろう。

俺達は一緒に喫茶店で過ごしたきり、まともに顔を合わせていないのだから。


俺がした自己主張に遠藤が気づいたあの冬の日から。


外からの生徒達の声しか聞こえなくなった静かな館内。

見据え合ったのはそれほど長い時間じゃなかったと思う。

それでも焦れた遠藤が動きだそうとした刹那、俺は言った。


「真尋が好きだ」


―――それが遠藤の動きを止めさせたのは必然。

奴の目は見開かれ、互いの間の空気が尚いっそう張り詰めた。

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