第50話

自覚するより早く鼓動が跳ねる。

それが冊子を持つ指先に伝わったのに気づいたのか、顔を上げる竹島。

至近距離で視線が合って、俺は戸惑った。


離れなければ、と思う。

離れて、彼女が用意してくれたジュースを飲まなければと。


普段それほど律儀ではないはずなのに、何故だかそう思ってテーブルへと目を移そうとする。

その瞬間、さらに近づいた竹島の唇が、俺のそれに触れた。


「司君…好きだよ」


動いたのは俺ではない、と受け身のキスであったことを自答している間に竹島が呟く。

真っ直ぐに見つめる瞳は俺からの答えを求めているように見える。

「俺も」などと言うべきなのかもしれない。

でも、俺は言えなかった。


そうこうしているうちに竹島の手が俺の掌に添い、持ち上げる。

導かれた先はセーラー服の胸元だった。


「私ね…司君なら、いいよ。…全部あげても」


何を、なんて訊くほど俺だって鈍感じゃない。

布越しの掌に膨らみを感じて、俺の心臓はまたも大きくドクリと反応した。


目の前には、恥ずかしそうに俯く竹島。

今この誘惑を撥ねつける程の経験値や自制心は俺にはない。

気がつくと、俺は彼女の肩に手をかけ、床へと倒していた。


覆いかぶさったまま見つめ合う。

全神経は床についた手に残る感覚を追っていた。

未だかつて味わったことのない柔らかさ。

生々しい女の子の感触。


竹島が目を閉じる。

それを見た途端、俺は夢中でその首元に唇を寄せた。


セーラー服の構造が分からず、突破口を探して急いたように竹島の胸元を弄る。

荒い自分の呼吸が鮮明に聞こえる。

早く、早く、と突き動かされるようで、漸く見つけた服の裾から手を潜り込ませようとした、その瞬間…


不意に真尋の顔が脳裏に浮かんで、俺は弾かれたように身を起こした。



予期せぬことに目を見開いて、床に寝転がる竹島を見る。

竹島も似た顔でこちらを見ていた。


たった今の出来事を理解してくると、潮が引くかのように高揚が消え失せる。

俺は片手で顔面を覆った。


「…ごめん」


情けない声が出た。


「ごめん。…できない…」


何が、なんて口に出さずとも解るだろう。

けれど、そこには1つの意味合いだけが存在するのではないように思えて、俺は項垂れた。


指の隙間から映る視界の中で、竹島が体を起こす。

そして問うた。


「…どうして?」


どうしてなんて、理由は解りきっている。

けれども、それをどう伝えるべきか迷って口を噤むと、彼女はさらに続けた。


「私のこと、好きじゃないの…?」


それは予想していなかったながら向けられても当然の問いで、咄嗟に顔を上げる。

そこには瞳に涙を浮かべた竹島の、強い眼差しがあった。

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