第49話

竹島の家の前に着き、いつものように別れようとするものの、まだ掴まれたままの袖。

尋ねるより早く竹島は言った。


「司君、うちに来ない?前に話した漫画、貸してた友達から返ってきたから見せるよ」


それは不意の誘い。

俺はこれまで何度も足を運んでいながら中に入ったことのない彼女の家を仰いだ。


「お母さんもね、今日残業で遅くなるみたいなの。だからおいでよ」


以前聞いた竹島の母さんはパートをしているらしい。

俺が竹島を送ってくる時はたいてい不在で、これまで一度も顔を合わせたことがない。


春になったといっても吹く風は時折冷えて感じることもあり、正直一度屋内に逃げ込みたくはある。

何より漫画も気になった。


本来ならまだ会ったことのない家族の不在時に上がり込むのは良くないのかもしれないが、ガキの俺には好都合でもある。

慣れない大人と過ごす時間は時に居心地が良いものではないからだ。


竹島に頷きを返す。

すると、彼女は笑顔に変わって俺の手を取り家の中へと引いていった。



初めて入る真尋や菊乃以外の女の子の家の中は、新鮮だった。

玄関には手作りと思われるインテリアがいくつも並べてあって、竹島と同じ匂いがする。


靴箱の上に置かれているフォトフレームには、竹島ともう1人、彼女に似た女性が写っていた。

この春から大学に通い始めた姉がいると言っていたから、恐らくその人だろう。


先導する竹島に続いて玄関前の階段を昇り、2階の突き当りの部屋に入る。

そこは竹島の部屋で、女の子の部屋としか言いようのないインテリアの室内では、さらに色濃く竹島の匂いに包まれた。


飲み物を持ってくると言って階下へ降りていく竹島。

1人残された俺は、取り敢えず鞄を下ろして中央に置かれたローテーブルの前に腰を下ろした。


静かで落ち着かない時間を、室内を見渡すことで費やす。

たいした時間でもないのに、竹島が戻るまでが長く感じられた。


やがてジュース2つを持ち現れた竹島は俺の横に座った。


「…あ、漫画」


当初の目的を思い出し、問う。

すると、竹島は一度腰を上げて棚から数冊の漫画を取り出して俺に差し出した。


早速開いてみる。

ここで読み耽る訳にはいかないが、ざっと目を通すだけでもかなり面白そうだと思えた。


そうこうしているうちに気づく。

傍らに座る竹島との距離がやけに近いことに。


肩を触れ合わせた竹島が、俺の手にある冊子を覗き込んでいる。

目をやると、睫毛の細やかさまで見えた。

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