第47話

「大丈夫。飲めるようになったから」

「苦手だったのか。知らなかった。ごめん、注文の時にちゃんと訊けばよかった」

「ううん、本当にいいの。飲めないなんて子どもっぽいし、練習中だから」


確かに、コーヒーが飲めないなんてお子様だとからかったことなら過去にある。

でも、真尋は飲めないものは飲めないと半ば開き直っていたし、こんなものが飲める奴の舌がおかしいんだと反撃までしてきていたくらいだ。


受け付けない訳は、飲むと肌が少し発赤することにもあったと思う。

合わない体質なのか、苦手意識がそうさせるのかは知らないが、そんな事情までもがガキっぽさからの卒業という名目でそうそう改善されるものだろうか。


スプーンでコーヒーを掻き混ぜる真尋を見ながら考える。

ならば、どうして注文したのか。

答えは簡単だ。

遠藤といるからだ。


どんな経緯でこうなったのかは分からない。

けれど、断らない真尋の“らしくなさ”にも、苦手に気づかなかった遠藤の鈍さにも腹が立ってきて、自覚するより早く俺は手を伸ばしていた。


真尋が今まさに飲もうとしているカップを強引にこちらへ引き寄せる。

直後にちょうど竹島と俺の飲み物を運んできた店員に声をかけた。


「すみません。あと1つ、紅茶ください」

「ちょっと司、私飲めるから」


不意のことで固まっていた真尋が、遅れて抗議の声を上げるものの、構わず告げる。


「今来てるやつもちゃんと飲むんで、追加で」

「司!」


最初は意図が分からず既に人数分の飲み物が揃っているテーブルを見ていた店員も、状況を察したらしく承諾して戻っていく。

俺はまだ何か言いたげな真尋をよそにカフェラテに口を付けて啜った。


…甘い。

そういえばさっき砂糖を入れていたんだったか。


「悪い、蘭堂。俺が飲むよ」


本当に良い奴なのであろう遠藤が片手を差し出す。

けれどもこいつの世話にはなりたくなくて、カップの代わりに視線だけを渡した。


「…真尋のは苦手っていうレベルじゃねぇから」


立場でいえば、俺には遠藤より前にしゃしゃり出る権利はないのかもしれない。

でも、この時の俺は、俺が惚れている奴に何してくれてんだという腹立たしさや悔しさのようなものが先立っていた。


もっと円満にできる解決のしかたもあったんだろうが、さっきから2人の仲睦まじさを目の当たりにしていた感情部分がそうさせてくれない。


そんな俺のザワついた内側に気づいたのか、横目に見遣った遠藤は、たった今差し出した手を密かに握り締めていた。


それもそのはず。

俺の行動は、遠藤よりも俺のほうが真尋を知っているんだと顕示したように見えてもおかしくなかったと思う。

事実、その気持ちは俺の中に確かにあった。

間違っても微塵とは言えないほどの大きさで。



…ほら見ろ。

だから嫌だったんだ、相席なんて。

自分を抑えきれなくなりそうだから。


何もかも忘れて、…目の前の竹島のことも忘れて、タガまではずしてしまいそうになるから。


…いっそはずしてしまいたく、なるから。

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