第6章 決心

第43話

第6章【決心】





「もう、司君ってば。こんな所にいたの」


声を掛けられ振り返った俺の目の前に、膨れ面の竹島。

ザワつく雑踏を背景にして立つその手には、さっきまでなかったビニール製のショップ袋が提げられている。


季節は立春を過ぎた冬の終わり。

そろそろ春一番が吹くだろうと朝に耳に入ってきたテレビの天気予報が言っていた。


とは言え、現に吹く風はまだ冷たさを帯び、防寒具が手放せない。

それでも今いる駅ビルの中は暖房で暑いほどで、脱いで腕に掛けたコートが少しわずらわしい。


そのため、俺はこの時期の屋内への外出は苦手だった。

だからと言って寒風吹きすさぶ屋外へ積極的に出かけるというわけでもないのだが。


竹島はピンク色のコートに身を包み、同じピンクに染まる頬をわずかに膨らませて立っている。

頬の色は暖房による火照りのせいではない。

頬を色づかせるチークという化粧品があるらしい。

それを教えてくれたのは竹島だった。


「ちょっとお店覗いてる間にすぐいなくなっちゃうんだもん。携帯に電話しようかと思ったよ」

「ごめん。…何かやってるから見てた」


ほとんど思い付きの理由を述べながら、吹き抜けの階下で行われている福引きイベントの会場を指差す。

竹島は一度ガラスフェンス越しにそれを覗いてから、腑に落ちない様子でありつつも頷いて納得を表した。


竹島は買い物が好きだ。

時にはウインドーショッピングで終えることもあるが、休日に2人で会う時のほとんどがモールや駅ビルなどのショッピング施設であることが多い。


今日も例外でないものの、正直俺はいつも手持ち無沙汰になる。


竹島が入る店は女性向けの所が大半。

いわゆるファンシーな雑貨屋に至っては、子どもの付き添いで来ている父親らしき男性以外では男の姿はないに等しい。

最初は俺も竹島に手を引かれて入るはめになるが、あまりの居心地の悪さに、いつも途中で撤退する。


今もそう。

離脱して居場所と定めたこの位置からは福引きに並ぶ列がよく見えて、暇潰しに眺めていた。

だから、それが俺が竹島から離れた理由ではなくとも、見ていたのは事実なのだ。


「もういいの?」


尋ねながら店を仰ぐ。

竹島は一変して満足げに頷いた。


「欲しかった物も買えたし、今日はもう満足。…あ、帰りにケーキ屋さん寄って帰らない?何か飲みたいな」


だったらすぐそこの自販機で買えばいい。

航太が相手ならそんな風にすぐさまエスカレーター付近を指差すところを、竹島相手でははばかられる。


それに俺も喉が渇いていたため、承諾して出口へ向かった。


外へ出ると、途端に寒さが襲う。

脱いでいたコートを羽織る俺の横で、鞄から出したマフラーを首に巻く竹島。

それから手袋まではめた手で俺の手を取った。

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