第42話
自慢ではないが、俺はクラシックに疎い。
音楽は好きでよく聴くもののロックやポップスが大半で、クラシックの知識はないに等しい。
でも、そんな俺にも頻繁に真尋や真尋の母さんの演奏を聴いていた頃があり、全ては記憶していないとはいえ、断片的に思い出すことはできる。
真尋の母さんが生きていた頃の穏やかな一場面が脳裏に浮かんだ。
…懐かしさだろうか、と思う。
真尋は図書室でその楽譜を見つけ、懐かしさや、俺では到底知りようのない色々な思いでそれを手に取って借出してきたのだろうか。
そう思うと、なんだかとてもいじらしく感じた。
だが、それもすぐに現実に引き戻されて終わる。
「それはともかく、竹島さんとちゃんと話したほうがいいと思うよ、司」
竹島が駆けて行ってとっくに姿が見えなくなっている方向を再び仰ぎながらの真尋の言葉。
その横顔は、演奏する母親の姿を夢中で見つめていた幼い日のものとは似て非なるものに見えた。
「好きなんでしょ?竹島さんのこと」
こちらへ視線を向けられながらの問いに鼓動が跳ねる。
お前が訊くのか。
そう言いそうになって言葉を呑む。
それと同時に、今この不健全極まりないと言える状況を作り出しているのが他でもない俺自身であるという事実を思い知って、ギリリと胸が痛んだ。
俺には、一途に恋する真尋の澄んだ瞳と視線を交える資格などないのかもしれない。
何も言い返せずにいる俺の傍を真尋が通り過ぎていく。
その残り香にでさえ心揺さぶられそうになって、自分を嫌悪した。
同時に、自分が捨てるべき想いを抱えていることも痛感する。
余計なことを考えず目の前にいる人を大切にしろ、と言われた気がした。
他でもない真尋に。
真尋と俺とがいる所は別々の場所であるという現実を突きつけられたようで、それをきちんと認めるべきであると迫られてもいるようで。
けれども、頭では解っているそのことに心はついていけそうにない。
制御できるほど俺は大人じゃなかった。
それでも蓋をしなければと固く目を閉じる。
馬鹿で、どうしようもなくガキな俺は、それを見ないようにするしかない。
だから気づけずにいた。
知らないうちに器の縁のギリギリまで満ちていた想いが今にも溢れ出そうとしていることに…
気づく由もなかったんだ。
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