第38話

それから竹島は、いつも俺の前に現れるようになった。


朝に登校してから担任が教室に来るまでの時間、昼休み、放課後…日によっては暇のある休憩時間に至るまで、それこそいつも。

身の上話から他愛もないことまで、いろんな話をしてはタイムリミットと共に自分の教室へ戻っていく。


俺の都合は訊かれない。最初は驚いたが、あまりにも竹島の振る舞いが自然で、周りのカップルの中にもそんな感じの奴等がいたから、しばらくするとこれが普通なのかと思うようになった。


でも、俺の中には残念な思いがあるのも正直なところ。

仲間と過ごす時間が減ることへの違和感は、いつまで経っても否めなかった。


そうして釈然としないまま、今日に至る。



「送ってくれてありがとう」


竹島に習い事がある日以外は一緒に帰ることが日課と化した放課後。

暦の上では秋の入口とはいえまだまだ日は高く、暑さから少しでも逃れるため日陰を選びながら竹島を送ってきた家の前で、彼女が甘さの滲む笑顔を浮かべて足を止めた。


下校を共にするようになってから何度かやって来たここまでの道のりはもうすっかり覚えてしまった。

最初は一人きりになることを心配された帰り道も慣れたものだ。


「じゃあ…また明日」


日によって違うが、組まれている腕や握られている手を離しながら別れの挨拶。

そして、玄関前に立つ竹島に見送られながら踵を返すのがいつもの流れ……なのだが、今日は違った。


空いた手をポケットに引っ掛けつつ歩き出そうとすると、シャツを小さく後ろへ引かれる気配。

振り返ると、竹島がシャツの腰のあたりを摘まんでいた。


不思議に思った俺と目が合うなり顔を真っ赤に染める竹島。

どうしたのかと口を開きかけた時、俯いた彼女が小さく言った。


「司君……キスして」


車通りの少ない静かな路地で鮮明に耳に届く声。

それでも一瞬何と言ったのか解らなくて「え?」だか「は?」だか返したように思う。

俺の反応が気になるらしい竹島は恥ずかしそうに俺を窺い見た。


視線がぶつかって、漸く理解した俺の鼓動が跳ねる。


付き合うということの延長線上にそういう類の行為があることは分かっていたものの、いざ降りかかるといろんな思考が飛ぶらしい。

固まってしまうが、ここが彼女の自宅前の路上であることをなんとか思い出して、そのまま視線を巡らせた。


「…大丈夫だよ?」


キスをすることについてか、人通りについてか、俺の戸惑いに気づいたらしい竹島の言葉。

決して興味がないわけではない思春期の俺は、それだけで目の前の誘惑に惹かれてしまう。


…そして思う。

その先に、あいつを忘れられる手立てがあるかもしれない、と――




竹島の肩に手をかける。

そうして、瞼を閉じた彼女の唇に、俺はキスをした。

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