第37話

「いや、俺のことは…俺達のことはいいから。一緒に帰れよ、司」

「え、でも…」

「いいんだよ、竹島と帰れって。な?お前ら付き合い始めたんだからさ」


柄にもなく気を利かせていることが伝わってくる様子で竹島と同じ台詞を言いながら、俺の肩を彼女のほうへと押し遣る。

そして、仲間達を促し、あれよあれよと言う間に教室を出て行った。


「おい…!」

「司君」


教室から出て行く彼等の背中に声をかけるものの、届かないまま傍らに立つ竹島に腕を掴まれる。


「帰ろう。吉高君もそうしろって言ってくれたし、いいよね?」


大きな瞳で見上げながら掴む手を俺の腕に滑らせ、抱き込むように腕を組む。

これでは意思確認の問い掛けはあまり意味がない。

俺の答えを聞くより早く歩きだしたため、俺は咄嗟に鞄を手に取るしかできなかった。


昇降口で下靴に履き替える際に一度離れるが、また腕を抱き込み身を寄せる竹島。

シャンプーかコロンだろうか、不意に甘い匂いが鼻を掠めたと感じた瞬間に気づく。俺の腕に、柔らかな…女の子特有の胸の柔らかな感触があることに。


途端に意識がそちらへ向く。

俺だって男だ。そういうものに興味がない訳ではない。

他の仲間ほど積極的にではないが、それなりに知識も欲求もある。


でも、何故だろう…そういう経験がないが故の狼狽えや興奮は感じなかった。

竹島が故意にそうしているように思えていても、この機に乗じて、などとも思わなかった。


それよりも密着と言っていいほど身を寄せ合って歩く俺達に向けられる周囲の目のほうが気になって、普段から多くない口数がさらに減る。


「司君ってやっぱりクールなんだね」


黙り込む俺を見て、はにかむ竹島。

その笑顔は可愛いと思う。どちらかというと主観ではなく客観的に見てだが。


半ば勢いというか不純な動機で竹島と付き合うことにしたというのは、頭が冷えて冷静になってからちゃんと認識した。

今の俺の竹島への気持ちは、竹島のそれとは種類が違う。


今は客観的でも、いつかは好きになれるのだろうか。

竹島は言わばピンク色の花のようで、それが傍らに在ることに今はまだ馴染めなかったりもするのだけれど…


「ねぇ、司君。聞いてる?」


楽しそうに声を弾ませる竹島に顔を覗き見られ、組まれた腕をさりげなく解く。

照れているのかと勘違いされたが、逆にそれが有り難い。


抱く思いが違い過ぎる今のままでは味わってはいけないものもある気がしたから。

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