第34話

「あーあ、あの二人を前に、一体どれだけの奴等が涙を呑んだのかねぇ」


張本人のうちの一人でありながら、どこか他人事のように零す航太。

お前もだろ、とまさにもう一人の張本人である俺は思う。

なのに航太はどこかあっけらかんとしていて、以前真尋に告白した人物とは思えない穏やかさを醸し出している。


一方の菊乃は「涙を呑んだ奴等」に対してのものか一瞬申し訳なさげな顔をしたものの、すぐに笑みを浮かべた。


「菊乃ちゃん、寂しくないの?」

「どうしてですか?」

「だって、いつも一緒にいたのに、真尋ちゃんを遠藤に取られちゃって」


無遠慮に尋ねる航太の無神経さに呆れそうになる。

俺に問われたのではなくて良かったと思ってしまいながらも、菊乃が認めるのなら俺のこのドロついた感情も多少正当化されるような気がして菊乃を見る。

しかし…


「そうですね、少し寂しい気持ちもありますけど…でも私、嬉しいんです」

「嬉しい?」

「はい、真尋ちゃんが幸せそうだから。それがとても嬉しいんです」


言葉通り、菊乃は嬉しそうに、かつ幸せそうに笑った。

それは心からの笑顔に思えた。


同じ幼馴染みだというのに、俺とは対照的。

俺には菊乃のように笑うことも、真尋の恋の成就を喜ぶこともできそうにない。

恋愛感情というものは厄介だとつくづく思った。



それから門を出たところで、真尋と遠藤が去っていったほうへも背を向ける形で菊乃と別れた。


あいつ等がこれからどこで何をするのかが気になってしょうがなかったが、同時に知りたくないという思いもある。

航太と本屋で雑誌の立ち読みをしている間もそれらの狭間で心が右往左往して落ち着かなかった。


どうやら俺は自分で感じる以上にヘタレのようだ。

秋分近くで日暮れが早くなり、それでも残暑厳しい夕方の帰路を歩きながら一人、何度も溜め息を吐く。


そして、気づかぬうちにその足は真尋の家へと向いていた。

真尋に会いたいとか、そういう思いからではない。


無論、常にそういう下心がある訳ではないなんて言ったって嘘でしかないのだが、今は違った。


強いて言うなら、真尋が帰り着いているのを確認したかった。

あれからだいぶ時が経っているから、真尋が既に家に帰って部屋ででも一人で寛いでいるといいという願いにも似た思いだった。


だが、俺はその自分の行動を悔やむことになる。

何故なら辿り着いたその真尋の家の前に、人影を見付けたから。


その影は二つ。

真尋と、遠藤のものだった。


そこに通じる路地へ続く角を曲がったところで二人を目にした俺は、咄嗟に塀の陰に隠れた。


鼓動が大きく鳴り始める。

二人がいる可能性だってあったはず…なのに、動揺しまくって掌に汗まで滲んでくる。


姿は見えないけれど、耳に届いてくるのは楽しげな二人の会話。

性別の特性か、よく通る真尋の声のほうが大きく聞こえ、時折笑い声が起こる。


聞き慣れているはずのその声は、どこかよそ行きの色を帯びている。

すると、また俺の中に妬みの感情が湧き起こった。

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