第5章 交錯
第31話
第5章【交錯】
新学期。
始業式を終えて帰路につこうとした俺は、校舎の端の音楽室の前に立っていた。
階段が近くにあるため賑やかではあるものの死角にもなっているそんな所に俺がいるのは何故か。
その原因は今俺の目の前に立つ一人の女子にあった。
「突然ごめんね。どうしても今話したくて」
開口一番、彼女は言った。
「別に良いけど」
俺は答えながら首を横に振る。
本当はあまり良くはない。
今日から九月といってもまだまだ夏真っ盛りと言うべき残暑厳しい校内で、やっと涼しい家に帰れると思っていた矢先のことだけに、歓迎ムードとはいかない。
友人達が先に降りていった階段のほうへと無意識に目を向けていると、そんな俺の内心に気づかぬ様子で彼女が再び口を開いた。
「蘭堂君、私のこと知ってる?」
俗に言う上目遣いで掬い見てくるその姿。
なんだか砂糖菓子のようだと思いながら、俺は今度は縦に頷く。
知っている。
以前、仲間内で話題に挙がったことがある気がする。
確か学年一の美女だとか可愛いだとかで騒がれていたような。
「…竹島…?」
「そう、竹島。竹島遥(たけしまはるか)」
同じクラスになったことがないため自信なさげに答えたものの、彼女…竹島はどこか嬉しそうに笑う。
そして、はっきりとした口振りで続けた。
「あのね、蘭堂君。私ね…蘭堂君のことが好きなの。…良かったら付き合ってもらえないかな?」
呼び出された時点で、こういう類の話であろうことは俺も薄々気づいていた。
だが、恥じらいつつでありながらも竹島の声は最後まで鮮明に耳に届いて、これまで受けてきたどの告白とも違ったため、俺は面食らった。
手入れの行き届いている長い髪、大きな瞳が印象的で恐らくメイクも施しているように見える顔…女の子そのものといった姿の竹島からは想像しがたい強気を感じる。
真っ向勝負。
言わばそんな風だ。
だから本来は揺さぶられるべきなのかもしれない。
でも、俺は自分で不思議なくらい落ち着いていた。
代わりに思い浮かぶのは、真尋の顔。
「…ごめん」
あまり抑揚のない声で告げる。
すると、竹島は目を丸めた。
その顔には「意外」と書いてあるように見える。
ノーと言われるとは思っていなかったという風情だ。
「え…でも、蘭堂君って彼女いないよね?」
「うん。いない」
「じゃあ、どうして?」
問われるなりまた浮かぶ真尋の姿。
真尋がいてもいなくても竹島への答えは変わらないであろうに、どうやら恋愛が絡むと条件反射のように反応してしまうらしい。
どう返答しようかと考えていると、竹島から尋ねた。
「もしかして…好きな子がいるとか?」
また反射的に顔を上げる。
その瞬間に視線のぶつかった竹島の目が微かに揺れて見えた。
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