第28話
趣向の凝らされた大小さまざまな水槽が幻想的なこの水族館は、以前から市内にあった施設がリニューアルと共に移転してきたもの。
デート中のカップルの姿が目立つ館内に薄暗く落とされた照明はムード満点で、女性を口説くにはピッタリのスポットと言えそうな気配が漂っている。
そこで菊乃とはしゃぎながら魚達を眺める真尋もどこか大人びて見える。
それに加えて航太も。
こいつに至っては、定められた道順を辿りながらどんどん口数を減らしていく。
理由は恐らく格好つけではない。
この後の一大事を思って緊張しているんだろう。
それは理解できるが、普段騒がしい奴が黙っているというのには、やはり違和感があるらしい。
次の階への階段を昇っていると不意に問われた。
「ねぇ、航太君どうしたの?」
真尋だった。
俺の横で昇りながら、その目は前方で菊乃と歩く航太に向けられている。
「なんだかいつもと違わない?体調でも悪いのかな」
「……さあ…」
心配げな声。
でも俺は答えられず、できたのは首を傾げるのみ。
あいつはお前に告白するつもりなんだ、なんて言えるはずがなかった。
たとえ俺にデリカシーが乏しかったとしても。
「じゃあ…司と喧嘩でもしたとか」
「…は?いや、別に。なんで」
「だって司も変だもん。だから仲違いでもしたのかなと思って。違うならいいんだけど。せっかく皆で来たのに暗いよ、司」
ぎくりとした。
そして驚く。俺も態度に表れていたのか。
更に大丈夫かと問うてくる真尋に返せるのはやはり頷きだけで、そうこうしている間に館内アナウンスのチャイムが鳴り、真尋の意識はそちらに向けられる。
どうやら間もなくイルカのショーが行われるらしい。
俺達も観に行くことに決まるのは当然のこと。
先に会場への階段を降りていく真尋と菊乃の後を無言の航太と俺が続く。
そして、このまま四人で席に、という流れになると思っていたのも束の間、また航太が俺の腕を引いた。
「司、俺これから真尋ちゃんと別の所に座るから。さっきのよろしく」
来た、と思った。
さっきのとは何だなんて野暮なことは訊かなくともわかる。
今このショーの場を自分の告白の場に決めたのだろう。
「来るなよ?菊乃ちゃんと離れててくれよな」
念を押すように言うが早いか、俺の元を離れる航太。
真尋に声を掛けてその手を取ると、会場入り口の混雑で歩みの遅くなる客達を掻き分け、その向こうへと引いて行ってしまった。
「行っちゃいましたね…」
人込みの中、一瞬のことで身動きが取れなかったのであろう菊乃が、二人の消えたほうを見遣る。
俺も同じだが、きっと顔つきが菊乃のとは違う。
しっかり動揺してしまっているのを悟られないように視線を外した。
「取り敢えず、座るか」
「そうですね。出る時にまた会えばいいことですし」
なんとか人の波に乗り、空いている席を探す。
座ったのは後方の席。
プールから多少離れているが、かえって好都合かもしれない。
事実、ショーが始まって間もなく、前方の離れた位置に真尋と航太の後ろ姿を見つけることができた。
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