第26話

それからの毎日も、航太は相変わらず真尋の話に明け暮れ、度々教室に顔を出しているようだった。

俺はというと、それをヤツの口から聞く度に面白くなく、その思いは日に日に膨らんでいった。


そして、程なくして気付く。真尋への気持ちの正体に。


どうやら俺は、真尋を好きらしい。


恋を知らない俺がなぜ解ったのかなんてのは簡単なことだ。

いろんな人間が真尋に対していろんな種類の「好き」を持っている中、俺のこの気持ちは航太のそれに似ていて、同じ位置に立っているとしか思えなかったから。


でも、親友に悪いとか、気持ちを押し込めようとか、そんな事は思わない。

何しろどうにか何かしらの行動に移したいなどという心算すらまだないのだ。


それでも、これは恋。

俺の初恋の幕開けだった。




+++++++




夏休みに入り、本格的な夏が始まった梅雨明けの土曜日。

少し遅い起床をした俺は朝食を済ませ、部屋のベッドで雑誌を読んでいた。


すると、不意にスマートフォンの電子音が鳴り、着信を知らせてくる。

少々億劫ながら机に投げ出したままだったそれを手に取って目を見張った。


画面には「真尋」の文字。

思いがけず入った真尋からの連絡に俺は動揺してスマホを落としそうになり、なんとか持ちこたえてから咳払いを一つ。

これまで真尋相手にあり得なかった反応をしてしまう自分を可笑しく思いながらも通話ボタンを押した。


「もしもし」

『もしもし、司?良かった、出た』


意図して声を落ち着かせながら受話すると、電話口からは真尋の声。

明るく俺の応対を喜ぶその様は俺を一気に高揚させた。

それでも平常心をと自分に言い聞かせる。


「どうした?電話なんて珍しいな」

『あのね、一緒に水族館行かない?』


…………。

聞いた途端、暫しの間があったように思う。きっと俺の頭上には漫画のように三点リーダーが浮かんでいたに違いない。

この電話が遊びの誘いであると気付くのに時間を要した俺は、我に返って即答した。


「行く」

『本当?じゃあ行こう。実は今ね、もう司の家の前にいるの』


その言葉に驚いて立ち上がり、二階にあるこの部屋の窓から通りを見下ろす。

すると、確かにそこには電話で話しながら笑顔でこちらに手を振る真尋が立っていた。


以前ならば、来ているなら電話などかけてこないで直接上がってこいと文句を言ったところだが、恋をしているとどうも人は変わるらしい。

すぐに降りると約束をして俺は電話を切った。


自宅にいたといえどもそれほど変な格好をしていた訳ではない。

でも俺は急いで着替えを始めた。


鏡の前であれこれ迷うまではしなくとも自分の気に入っているポロシャツを被りながら、真尋が俺を誘った理由を考える。

でも、すぐにそれらが霞むくらいに一つの疑問が浮かんだ。


どんな形であれ、真尋と二人なら、もしかしたらこれは『デート』なんじゃないか?


そう思うと尚更浮かれてきて、「なに言ってんだ、相手は幼馴染みの真尋だぞ」なんて自分をたしなめようとする心の声を振り切って階段を駆け下り、玄関扉を開けた。


「遅い!」


途端に浴びせられる荒い声。

それには予想を裏切る野太さがあり、耳を疑った俺の前にあったのは、何を隠そう期待までも裏切りまくる航太の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る