第25話

問うてくるその瞳に涙はない。

慰めの気持ちがどこかにあった俺は意外さと安堵とですぐに答えが返せなくなった。


なんで、と言った。

真尋は、なんで俺に、と。

何故俺に言えと思ったのか…無意識に発した言葉が急に恥ずかしくなって、俺は熱くなりかける顔を逸らした。


「…言えば、今みたいに何とかできたろ」

「考えなかった。だって私のことだもん」

「そうだけど、さすがに今のは真尋一人じゃ…」

「そんなことない。自分で解決するつもりだった。なんで来たの、司」


顔を見ないまま告げられた言葉に耳を疑う。


ありがとうと泣いて感謝されるのを期待していた訳じゃない。

だけど、止めに入った事を受け入れられないということも想定していなかった。

何も不思議なことではないのに、その可能性など真尋と俺の間にありはしないと思っていた。


…いや、そう思うという感覚すらなかったかもしれない。


それを実感した途端、俺の中に生まれてくる感情。

焦りだった。

真尋はもう昔の真尋とは違うのかもしれないという…もしかしたら俺から離れていくのだろうかという、焦燥感。


呆然とする俺の目の前で、真尋が地に手をつき一人で立ち上がろうとする。

しかし、不意にバランスを崩したようによろめき、俺は咄嗟にその腕を掴んだ。

そしてハッとする。


真尋は…震えていた。

掴んだ手からそれが伝わってきて、見れば指先も小刻みに震えている。

真尋はそんな俺に気づいたのか、気まずそうに身を離した。


「…あんなの、どうってことないから。大丈夫。…でも…、ありがとうね、司」


目も合わさず発せられる言葉を聞きながら、また新たな感情が湧いてくることに気づく俺。

真尋が俺の助けを受け入れなかったのは、恐らく不要だったからなのではなくて、それとは違う何か…そう、「何か」があるように思えた。

普通に考えれば怖くなかったはずがないのだ。


そうすると細い肩がさらに華奢に映って、支えたくなる衝動に駆られる。

けれども、手を伸ばしかけた刹那、真尋は歩きだした。


俺は拳を握った。

今のこの感情のやり場をなくして、持て余して。

これが何なのかも分からなくて。


だけど唯一分かるのは、こんな類のものはこれまで一度も持ったことがないということ。

離れていく誰かを捕まえて腕に収めたいなどという思いなど、これまでに、ただの一度も。

ないのだ。


体育館の陰から陽の光の下に出る真尋の元へ、前方から菊乃と航太が駆けてくる。

俺はハサミをポケットに隠して、性懲りもなく真尋を守ろうとまた身構える。


けれども、迎える真尋は笑っていた。

いつもの笑顔で。


心配げな菊乃と、さっき逃げて行った女共への怒りを露わにする航太に囲まれ校舎へと向かっていく後ろ姿に続きながら、俺は否応なく自分の中の変化を感じていた。


幼馴染みである菊乃の傍らに立つ真尋。

同じであったはずなのに、今は「幼馴染み」だとは思えない。


『親友が惚れている女』


それだった。

強いて言うならば。

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