第22話

寝ぼけ眼で時計を仰ぎ、たいして時間が経っていないことを知る。

航太の顔は至極つまらなさそうだ。


「真尋ちゃんいないってさ」


尋ねてもいないのに告げるあたり、誰かに聞いてもらいたかったんだろうか。

答えずにいると体ごとこちらに向けてくる。


「昼飯食ってすぐ教室出たらしいんだけど、どこ行ったんだと思う?」

「さあ…」


訊かれたところで俺だって知る由もない。

そんな分かり切ったことに気づかないのかと思うが、もしかしたらそれが恋なんだろうかとも考える。


だけど俺には分からなかった。

俺には、行き先を知り得るはずのない奴にそれを尋ねてしまうほど想っている相手などいないから。

だからお前の恋路に関することを俺に訊くなと航太に対して思う。


思い巡らせながら窓の外を見遣れば、空は快晴。

その眩しさから逃れるように瞼を伏せる。

すると、俺の目に見覚えのある女子生徒の後ろ姿が映った。


肩より少し長い栗色がかった髪。

とりわけ特徴があるわけではないが意識して見ずとも判別する事のできる歩き方。


…真尋だった。


一人かと思いきや、その少し前を数人の女子達が先導するように歩いていく。

途中で一人が振り返るとその顔にはなんとなく覚えがあり、二年生だと分かった。


向かっているその方向には体育館やテニスコートがある。

あいつもう他学年の友達ができたのか、とのんびりと思っていると、不意に視界に航太が現れた。


「おい、聞いてんのかよ、司」


どうも不満げなその表情から、たった今見ていた姿がここで話題に挙がっている人物であったということを思い出す。

真尋なら今そこに。そう言えばいいものを、指で示しかけて俺はやめた。


無意識に近かったから理由は分からない。でも「ざまーみろ」なんてことを心のどこかで思ったような気がする。

なんで。どうして。

一体全体どうなっているのか。自分の性格の悪さに半ば放心気味になる。


「おーい、蘭堂。面会ー」


あまり穏やかとは言えない俺の内心とは対照的に緊張感のない声が俺を呼んだのはその時だった。

その主はクラスメートで、教室入口に立つ彼の傍には女子生徒がいる。

控えめに室内を覗くその姿は菊乃だった。


下級生が上級生の教室を訪ねるなど稀なこと。

不思議に思いつつ席を立ちそちらへ向かううち、何やら菊乃の様子がおかしい気がしてくる。

そして、それは俺が尋ねるより先に菊乃が口を開いたことで現実になる。


「ごめんなさい、司君。教室まで押しかけてきて。でも、他にどうしたらいいか分からなくて」

「いいけど、どうした?」

「あの…真尋ちゃんが大変なんです」


焦ったような菊乃の声。こんな菊乃を見るのは珍しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る