第18話
空をオレンジに染める夕陽の沈むほうへと消えていく真尋の後ろ姿をただ見送りながら、俺は漸く気付いた自分の不甲斐なさに頭を抱えた。
真尋には、母親がいない。
昔に亡くなってからずっと父一人子一人で、仕事の忙しい親父さんができない家事部分を補うために雇った家政婦さんがいたものの、三人家族の時間は八歳の時点で止まってしまっている。
ママっ子だった真尋の喪失感は計り知れず、俺も目の当たりにしたので覚えているが、それは真尋が今置かれている状況を見ても解るものだった。
三年前、真尋の親父さんに本社勤務の辞令が下り、真尋と共に転居するという話が浮上した。
皆驚いたが、致し方ないこととも誰もが分かっていて、そうする以外にないという流れになった頃、真尋が拒んだ。
慣れ親しんだ町を、菊乃を始めとする友人の傍を離れたくなかったんだろう。
母親と過ごした記憶が至る所に存在する家に母親の面影を感じていたというのもあったと思う。
いや、寧ろそれが一番だったかもしれない。
真尋は頑なに行きたくないと言い張って譲らなかった。
とはいえ、親父さんにも譲れない事情はある。
暫く膠着(こうちゃく)状態が続いたが、最終的に折れたのは親父さんのほうだった。
親父さんはいわゆる単身赴任というやつで一人行くことを決め、真尋は生活面での親代わりをする住み込みの家政婦さんと暮らすという条件付きで残ることになった。
寂しくない訳はないと思う。
だからか、真尋は菊乃や俺の母さんにそれまで以上に懐き、まるで本当の母親のように慕っていた。
それを知っていたのに、馬鹿なことを言った。
きっと真尋は制服姿を見せると言いながら、母さんに何か贈り物でも持ってきたんだ。
血の繋がった俺などよりずっと真尋のほうが母さんを思い遣っているであろうに。
それなのに俺は…
真尋が目を伏せた時の姿を思い返せば、気付くことがある。
その瞳に一瞬だけ、定かではないが恐らく見紛ってはいないであろう悲しみの色が映っていた、そのことに。
それは、そういう年頃なのだと理由を付けて俺が真尋を傷つけた証拠だと物語っていた。
疑いようもなく、そうだった。
けれど、泣き出したかのようにも見えた真尋の目に涙はなかった。
泣き虫のあいつのことだから、もしもそうでもおかしくないのに。
泣いてはいなかった。
それは、真尋の変化を意味しているのかもしれないと思う。
新しい制服を着るのと同じに、暫く距離が置かれていたうちに起きた真尋の変化。
そのことに戸惑う俺がいた。
いつの間にか俺もそうだったように。
真尋もまた、大人になっていたんだ。
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