第8話
九歳。
真尋の母さんが病気になった。
悪くしたのは心臓で、発覚してから早急に入院に至ったのを覚えている。
突然のことに誰もが驚き、それは子どもの俺達も例外ではなく、真尋は途端に元気をなくした。
それまで仕事で忙しかった親父さんが早めに帰宅するようになったことは嬉しそうだったし、何度か同行した病院への見舞いでは母親の前で努めて明るく振る舞う姿ばかりを見ていたが、ふとした時に凄く寂しそうで不安そうな顔をする。
至極当然なこととは知りつつも、心配でたまらなかった。
それは菊乃も同じだったと思う。
そして、真尋はバイオリンの練習に没頭するようになった。
上手くなって母親に喜んでもらいたかったのだろう。
レッスンの日を増やした。
俺はその姿を真尋宅の窓の外から眺めていた。
その時の、八歳の少女の鬼気迫るようなその姿。
俺は声をかけられなかった。
誰もが真尋の母さんの回復を願ってやまず、俺もまた真尋に元気に笑ってほしいと望みながら日々を過ごした。
そして、それが叶ったのは、真尋の母さんの病が発覚してから一年近くが過ぎた初秋のこと。
学校から帰ったばかりの俺の元へ満面の笑みを浮かべた真尋が飛び込んできた。
「聞いて、司!ママの退院が決まったの!」
そう言った真尋の声は、これまでが嘘のように弾んでいた。
こんなに嬉しそうな真尋を見るのは久し振りだった。
表情から、声から、その喜びが伝わってくる。
俺も嬉しかった。
真尋が心から笑ってくれたから。
これからはまた以前のような幸せな日々が戻ってくると思えた。
真尋の姿を見ていれば明白で、信じるまでもなかった。
その日から、真尋は以前のような明るさを取り戻した。
退院したといっても無理はできない真尋の母さんはベッドの上での生活で、これまでのように家事やピアノ講師はできなかったけれど、真尋はいつも傍にいた。
入院中にたくさん練習して上達したバイオリンをやっと聞かせることができ、アドバイスを貰う。
真尋の母さんは真尋専属の講師になった。
それがまた嬉しいようで、真尋は会う度にその話をしていた。
母にしたこと、してほしいこと、母としたこと、この先母としたいこと…
たまに菊乃の名も挙がり、それより頻度は下がるものの俺の名も加わったりすると、俺も満更ではなかった。
いつかのその日を思い描いて楽しくなったりしたものだ。
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