第3話
「はは、クソガキだなぁ」
中坊の頃ならあまりの恥ずかしさに奪い取って封印していたかもしれないその記録も、今では笑える。
すると、司君は本当に元気でしたもんね、と注意のほとんどをアルバムに持っていかれている菊乃から零される言葉。昔に思いを馳せているのか、声音は穏やかだ。
「あ、真尋ちゃん」
菊乃がそう発したのは、まだそれ程多くのページを捲っていない頃。
1枚の写真に目が留まった時だった。
俺の過去の記録の中で序盤に現れたその写真には、三人の子どもが写っている。
向かって左から菊乃、俺、そして、右端にもう一人の少女。
菊乃の視線は栗色に近いやや色素の薄い長い髪をした彼女に向いていて、真尋ちゃん、と呼ばれたその少女はカメラに笑みを向けていた。
名は、神崎真尋(かんざきまひろ)。
幼少期からの見知った相手。
俺のもう一人の幼馴染みだ。
「懐かしいですね…」
再び零す菊乃。
さっきも聞いた言葉であるのに、さっきよりもしみじみと情感がこもって耳に届いた。
菊乃がそうしたからか、俺がそうさせたからかは分からないけれど。
「私達、いつも一緒にいましたよね」
「お前らが俺にくっついてきてたからな」
「ふふ、そうでした。いつも司君の後を追いかけて。…大きくなってもずっと一緒にいるんだ、と信じて疑わなくて」
思い出しているのであろう菊乃の静かながら楽しげな、しかしどこか寂しさを孕むような声。
どこか俺を責めているように聞こえたそれは俺の心の琴線に触れるには十分で、意図せず胸の内が震えかけた。
何故だか菊乃が顔を上げる前に何かを言わなければいけない気がして、言葉を探す。
すると、俺が喋るより早く階下から鐘の音が響いて、流れる静寂を割った。
音の主は今時珍しい大きな振り子時計で、居間に備えられたそれは毎日鐘を鳴らして時を知らせる。
思いもよらず感情が波立ちそうになった俺が内心安堵を覚える傍ら、菊乃はハッとしたように顔を上げた。
「いけない、もう18時。夕飯作らないと」
「…ああ、そうか。ええと…今日おばさんは?」
「出かけてるんです。帰りは夜になるって」
答えながら腰を上げる菊乃。
遅れて俺も立ち上がる。
座っている間はさほど感じない身長差がまた生まれる。
「じゃあ俺も後で手伝うよ」
「良いんですか?」
「こっちもやってもらったしな。もう少し片付けたら行くよ」
頷くと、菊乃は柔らかに笑んで礼の言葉を残し、部屋を後にした。
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