第2話

「男の俺が菊乃に持っていかせるなんてできるかよ」

「でも私、体力には自信あるんですよ?」

「そうかもしれないけど…全然片付いてないし」

「…確かに。じゃあお手伝いします。一緒にやれば捗りますよ」


そう言って着ているニットの袖を肘まで捲り上げる菊乃の姿には、確かに頼もしさを感じる。

その理由は彼女の経歴にあるのだが、今は悠長に語っている時ではない。

手伝いならば是非ともお願いしたいところなのだ。


俺が招き入れると、菊乃は空のまま部屋の隅に佇んでいる本棚へ歩み寄った。


「私は本を片付けていいですか?」

「ああ、頼む。適当に入れてってくれればいいから」


交渉など必要ない。

有り難すぎる申し出に迷うことなく頷いてから書籍の類の入っている箱を探し出し、本棚の前に置く。


すると、菊乃は早速取りかかってくれた。

そんな姿を見ていると俺もなんだか清々しい気持ちになってきて、俺は俺で蓋を開けたままクローゼットの前に置かれている幾つかの箱という現実と向き合うことにした。


それから暫くの間、言葉を交わしながら作業を進めた。

主な話の内容は、離れていた間のこと。

俺のシアトルでの暮らしぶりに始まり、近々卒業予定の菊乃の高校のこと、それから、歳が一つ違いながら日本とアメリカの卒業時期の違いからこの春互いに入学することになった大学のこと…

気の置けない仲だけに話は尽きなくて、苦もなく次々と箱が空いていった。


「もう少ししたら休もうか」

「そうですね。もうすぐ夕飯ですし。…あ」


まだ壁には掛けておらず机の上に立てかけたままの時計を仰ぎ告げると、頷く菊乃。

彼女がふと手を止めたのは、箱の底に目を向けた時のことだった。


不思議に思い俺も中を覗く。

すると、そこには一冊のアルバムがあった。


「これ…!懐かしい」


それが何であるかをすぐに察したらしい菊乃が声を明るくして手に取る。

そして深いオレンジ色の布地に覆われた表紙を大切そうに一撫ですると、ゆっくりとページを開いた。


そこには、数々の写真が貼られている。

被写体の大半が俺。

俺の荷物から出てきたのだから当然といえば当然なのだが、口いっぱいに誕生日ケーキを頬張る俺、木に登っている俺、戦隊ヒーローよろしく玩具の剣を構える俺…幼少期の、ただ小憎たらしいとしか思えない俺が写っていた。

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