第61話

「…ちょっと、彰!帰ったら『たんぽぽの園』の仕事くらいは手伝ってよね!今日は洗濯物が多くて大変なんだから!」


 栞の声に、彰は振り返る事も返事を返す事もなかった。


 ただ、左手に持った学生鞄を軽く掲げ、何度か振ってみせると、そのまま廊下の曲がり角の向こうへと消えていった。


「全く、しょうがないんだから…」


 残された栞は、一人呟いた。


「彰のバカ、大嘘つき」


 栞は知っていた。彰が、親に感謝などしていない事を。




「ヤダ、彰君ったら…」


 やっと夕陽が赤く染まりだし、家々の間に沈んでいこうかという時間に、彰は『たんぽぽの園』に近い小さな公園にいた。


 傍らでは、彼より二、三歳は年上と思しき若い女が愉快そうに笑っている。淡い青色のノースリーブに、白いミニスカートを着ていた。


「こんな所でするの?」

「こんな所だから、いいんだよ。それとも駅の向こうにラブホあるけど、そっちに行く?」


 学生服姿の彰はそう言って、口の端だけを持ち上げて笑った。それにつられたのか、女も「フフフ…」と魅惑の笑みを小さく浮かべて、首を横に振った。

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