第56話

若干の緊張が、克彦の呼吸のリズムを乱していた。


 ゆっくりと静かに深呼吸を繰り返して、栞の反応を窺う。


 しかし、返ってきた彼女の答えは、学生のそれとは思えないほどに冷静で、深く沈んだものだった。


「…だったら、死なせてあげてよ。彰が生きる事にそんなに苦しんでいるんなら、今度自殺騒ぎを起こしたら、もう何もしないであげて。お願いだから」

「な、何をバカな事を…!」


 克彦は即座に声を荒げて、栞を見た。


 いつのまにか栞は顔を伏せてしまっていて、その表情は読み取れなかったが、彼女の身体が小刻みに震えているのが分かった。


 克彦は一度立ち上がり、栞の前方にまで歩み寄ると再び腰を下ろした。彼女の両肩を掴むと震えが自分の手を通して、よりリアルに伝わってきた。


「栞ちゃん」


 栞の名を呼ぶが、返事は返ってこなかった。克彦は手に少し力を入れて、言葉を続けた。


「ダメだ、それじゃダメだよ。それでは何の解決にもならないんだ。蓮井には逃げずに、しっかり前を向いてほしいんだよ!」

「無理よ…」

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