第53話

「あっ!」と少女が声をあげた瞬間、克彦がそれの前に立ち塞がる形で走り寄り、素早く抱き上げていた。


 見てみると、彼の手の中にいたのは二、三歳ほどと思われる白い猫だった。


「やあ、栞ちゃんの猫かい?」


 克彦はできるだけ明るい声が出るように努めながら、猫を抱いて少女に近付いていく。


 少女――栞は一瞬ほっとした顔をしていたが、克彦を見た途端にぎらりとした目を向けた。


 克彦には、それが何を表しているのか分かっていた。だから、栞と会う時はいつも緊張してしまう。


「はい、猫…」


 栞の目の前まで歩み寄ってから、克彦は猫を彼女に差し出した。栞は無言で猫を奪うように取り返すと、むっとした表情のままで言った。


「…彰、またやったの?」

「あ、ああ…よく分かるね」

「あんた、それ以外の用事でここに来た事あった?」


 栞がじろりと克彦を睨む。公園を通り抜ける爽やかな風に乗って、香水の仄かな匂いが克彦の鼻孔をくすぐった。

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