第51話

「でも」


 ふいに、圭子が言葉を発した。


「世間やマスコミって、ずいぶんと自分勝手なものなんですね」

「え…?」

「事件当時、散々私達の周りをうろついては好き放題騒ぎ立てたり、事件には関係ない事まで持ち出してきたり…でも、ほんの二ヵ月ほどで、まるで何事もなかったみたいに静かになって…」

「橋本先生…」

「『あの事件』は、実際にあった事なのに…。彰君は自分の身体も心も傷付けて苦しんでいるのに、どうして無責任に忘れてしまえるんでしょうか?どうして、また同じような事が繰り返されて…」


 その後は、もう言葉にならなかった。


 持っていたビニール袋を床に落とし、圭子は両手で顔を覆った。指の隙間から、大粒の涙がいくつも滴り落ちていた。



 『たんぽぽの園』を出て、ゆっくりと坂道を下り切った克彦は、気持ちを入れ直して、来た道とは逆方向に歩きだした。圭子や小林園長の他に、もう一人会っておきたい人間がいたのだが、不在だったのだ。


「…栞ちゃんなら、この時間だと公園にいると思います。もうすぐ餌の時間ですから」


 『たんぽぽの園』を出る時に聞いた圭子の言葉を頼りに、克彦は住宅街の中にある公園を目指して歩いた。

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