第43話

広々と空いている座席にゆっくり座り込み、深く息を吐いた。杏子の言う通り、確かに少し疲れが溜まっているようだった。


 しかし、そんな義務はないとはいえ、やはり昨夜の騒ぎの件について黙っている訳にはいかないだろう。何かあれば必ず教えてほしいと頼まれていれば、尚更であった。


 五つほど駅を通り過ぎ、六つ目で電車を降りた。


 ズボンのポケットに突っ込んだ切符を取り出し、改札口に通そうとしたが、それはシワだらけとなってしまった切符を取り込まず、何度も克彦の行く手を阻んだ。横を掠めていく人々の目が少し笑っているようで、克彦は焦った。


「…何やってんだよ、変わり者が」


 ふいに、何度か聞いた覚えのある男の声が耳に届き、克彦ははっとして顔を上げた。自分の事を『変わり者』と呼ぶのは、ただ一人しか思いつかない。


 案の定、改札口の向こうに、知った顔が呆れた表情で克彦を見ていた。


 所轄・東山警察署の少年課に勤める近藤刑事だった。


 克彦は近藤の詳しい歳の頃はよく知らなかったが、所々に見える薄い白髪と頬に深く刻まれたシワの具合から考えて、大体五十代前半といったところだろう。

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