第42話

「無理、しないでよ」


 杏子は言った。


「あなたのせいじゃないんだから。今もこれからも、あなたがこれ以上傷付く事はないんだから…」

「ああ、分かってるよ。大丈夫だ」


 そう言って、克彦は妻に背を向けると、玄関のドアを開ける。が、半分ほど開きかけた時、ふと思い出したかのように再び振り返った。


「今日の検診、何時からだっけ?」

「三時半からよ」


 杏子が即座に答えると、克彦は安心したように短く息を吐き、優しく微笑んだ。


「三時までには戻るよ。今日こそ、一緒に行こうな」


 そう言い残して、克彦はドアをくぐっていった。


 玄関に一人残された杏子は、以前より明らかに大きく張ってきた自分の腹部を二度三度ゆっくりと撫でて呟いた。


「…忙しいわね、あなたのパパは。あんなパパだけど、いい子で産まれてきてちょうだいね?」


 杏子は、妊娠八ヶ月目だった。



 自宅マンションを出て、克彦は最寄駅に向かった。


 平日の昼近くともなると、駅の構内にいる人の数はそれほどでもなく、ホームに滑り込んできた電車の車両に乗り込んでも、座席は半分も埋まっていなかった。

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