第39話

あの時の傷痕は、今でもうっすらと首筋に残っている。


 朝起きて、顔を洗おうと鏡を覗き込む度、自分の顎を持ち上げて首筋の傷痕がきちんと残っているかどうか確認する事は、もはや癖になってしまっていた。


(確かあの後、今みたいに謹慎を食らったっけな…)


 あの時は、謹慎一週間だった。今と同じように正座を強いられ、ただじっと壁を睨み付けていた。


 その間、唯一自分の名を呼ぶ高崎刑務官が、堅く閉ざされた懲罰房の鉄のドアの覗き窓から、一日に一度の間隔で声をかけた。


『どこか身体がおかしいと感じたら、すぐに声をかけろ。ここは反省をする場で、お前を閉じ込める為の場所じゃないんだからな』

『あと四日だ…頑張れ、蓮井』


(変な看守だな、あいつは…)


 また一つ、溜め息が漏れた。


 彰は、何だか『もったいない』と思った。


 ここが少年刑務所でなかったら、もし今が『あの頃』だったら…。


(もし、あの頃にあいつと出会っていたら、俺達はあんな別れ方をする事なかったかもしんねえな…)


 彰は窓枠を見た。太陽の光の帯がまっすぐ彰の顔を照らし、空中の埃がその中でチカチカと瞬くような輝きを放って舞っていた。

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