第29話

「また、『たんぽぽの園』に連絡するんですか?今日の事…」

「しなくちゃならないだろうな。お前の事をずいぶん心配されてるし、何かあったら教えてほしいと頼まれている。何より、お前が無事だった事をきちんと伝えなくちゃな」

「…言わないで下さい、お願いですから」


 彰は、軽く頭を下げながら言った。その身体が小刻みに震えていた。


「圭子先生や院長には、これ以上俺の事で心配かけさせたくない。ううん、もう俺に関わって、嫌な思いしてもらいたくないんだ。俺はもう、あそこには戻れないし…」

「戻れるさ」


 克彦は一呼吸置いてから、そう言った。


「お前の気持ちさえしっかりしていれば、きちんと更生もできるし、自分の居場所を勝ち取る事だってできる。そして何より、『たんぽぽの園』はお前の帰る家だ」

「……」

「約束しろ、もう二度とこんな事はするんじゃない。ありきたりな事しか言えないが、前を向け。こんな事をしても何も始まらないし、終わる事もないんだからな」


 彰は何も言わなかった。克彦の言葉を聞いているか、それとも聞こえていないのか…ただ項垂れて、その場に座っていただけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る