第3話 登録。

アニーに「冒険者になりませんか」と誘われ、その登録の為にギルドに足を運んだのがその翌日のことだ。

 だが、

 「はあ。登録、ですか」

 分かってはいたことだったが、ギルドの受付嬢に露骨に嫌な態度を取られる。

 この世界は徹頭徹尾階級で出来ており、第四階級の俺が冒険者に登録するなど、あり得ないことだと考えられている。


 「シスターのアニーに話は通してあると聞いてここに来ているのですが……」

 アニーは事前にギルドに通達を出してくれていた。本来であれば、スムーズに登録が済むはずなのだが。

 「通達、ねえ。私はなにも聞いていませんけど……。それって、本当の話ですか? 」

 見るからに怪訝そうな表情を向けられる。

 「嘘なんて、ついていません。きちんと調べて貰えますか。本当に通達が届いているはずですから」

 「……」

 彼女は訝し気な視線で俺を舐めまわすように見たあと、「ちょうどギルド長が来ていますから、聞いてみます」と言って奥へ消えて行った。

 受付嬢がいなくなると、途端に、周りの視線が気になり始めた。ただでさえ第四階級の人間は街を出歩くことが難しい。それが、本来来るはずのない冒険者ギルドに足を踏み入れているのだ。この部屋にいる冒険者たちは、露骨に蔑んだ目で俺を睨みつけている。


 「私がギルド長のパルサーだ。お前が涼か? 」

 そう言って奥から現れたのは、意外にもまだあどけなさの残る、見るからに幼い男の子だった。

 「えっと……、あなたが、ギルド長の、パルサーさん……? 」

 「そうだ。よろしく頼む。君のことはアニーから聞いているよ」

 そう握手を求めて来るパルサーの後ろで、先程の受付嬢が口を挟んで来る。

 「あのね、見た目が幼いからってギルド長を舐めないで頂戴。このひと、最年少でギルド長に上り詰めた天才ですから。……本来、あなたのような底辺の人間が口を利けるような相手じゃないんですから」

 「ヒッデ、やめないか。……まあ、たまたま運が良かったんだよ。それより、涼。アニーに聞いたが、冒険者になりたいんだって? 」 

 「ええ、そのつもりで、今日はギルドに来ました」

 「勘弁してくださいよ」と、ヒッデと呼ばれた受付嬢が、再び口を挟む。「第四階級の人間が冒険者になんて……。そんな悪ふざけに付き合っている時間は私たちにはないんですから」

 「悪ふざけなんてしているつもりは……」

 と言いかけた俺を、パルサーがその小さな掌で遮って、こう告げる。

 「疑っているわけではないんだ、涼。ただ、もし君に力が足りなくて冒険に出てしまった場合、命を落とす危険に晒されることになる。そして、そのまま死んでしまうことも考えられる。我々としても、みすみす一人の人間を死なせるわけにはいかない」

 「ええ、まあ、その考え方は、理解できます」 

 「そこでだ、君には“魔力量の測定”を行ってもらうことにする。アニーからも君は魔術が扱えると聞いているからね。それで実力を測るとしようじゃないか」


 アニーには、あのあと俺のチートスキルについて打ち明けていた。

 もちろん、始めは話すかどうか悩んだが、彼女の「一緒にこの世界を変えたい」というプランに乗っかる以上、黙っていることは出来なかった。

 それに、俺にとっては彼女はこの世界で数少ない“信用できる人間”の一人でもあったのだ。


 「それで俺の実力がわかるというのなら、是非どうぞ……」

 「よし、それじゃあヒッデ、奥から魔力量測定水晶を持って来てくれ」


 間もなく、奥からバスケットボールほどの大きさの水晶が運ばれてきた。

 パルサーがテーブルの上にそれを備え付けると、テーブルの周囲には人だかりができ始めた。

 もちろん彼らの大半は、俺の魔力量が極めて少ない、という最悪の事態を期待して集まってきている。


 「涼、魔力量の測定は行ったことがあるか? 」

 「いえ、ありません、初めてです」

 「なあに、やり方は簡単だ。この水晶に両手を翳して、手の先に魔力を籠めれば良い。すると、自動的に水晶が反応して、君の身体に貯蔵されている魔力量の総量を測ってくれる」

 「は、はい、なるほど……! 」

 若干緊張して、思わず、声が裏返る。

 「知ってのことだろうが、魔力量というのは“魔術を使った回数”に応じて増えていく。魔術を使えば使うほど回復したときに総量が増える仕組みになっている。簡単に言えば、過去の経験を測るのにうってつけの測定というわけだ」


 魔術を使えば使うほど、魔力の総量は増える、――この仕組みについては知っている。

 だからこそ、この水晶が運ばれてきたとき、俺は「ツイている」と思わず胸の裡でガッツポーズをした。

 チートスキル“繋がり”によって大勢の冒険者との繋がりを持っている俺は、なにもしていなくても経験を積むことが出来る。俺と繋がりのある冒険者が魔術を使えば使うほど、それに応じて、その経験が俺にも降り注ぎ、俺の魔力量も高まっていくのだ。


 「そうだ。その姿勢のまま、掌に魔力を籠めてくれ」

 俺が水晶に手を翳すと、パルサーがそう言って俺を激励する。

 「……すると、君の魔力量に応じて、水晶の色に変化が現れる。見てみろ、徐々に水色に変わって来ただろう。これは君に魔力があるという証拠だ。もっとも、水色であれば初級の魔術師ではあるがね」

 「第四階級が魔力を持っている? そ、そんなこと、あるの……?? 」

 と、パルサーとは反対側に立ったヒッデが、思わずと言った感じでそう零す。

 「……ふうむ、どうやら、水色では終わらないらしい。徐々に青になってきたな。それなりに魔力がある証拠だ。……うん? 青でもストップしないか……。そのまま紫へ変わり……緑へ……、おい、待て待て、赤に変わって来たぞ……! 」 

 「あ、赤って……、ギルド長と同じレベルじゃないですか! 」

 「いや、待て、赤で終わらないぞ、赤が強くなっていき、……虹色に変わった……! 」

 「に、虹色って……、“最奥の探索者ヒュデル”と同じってこと……?? 」

 「待て、さらに色が変わるぞ……! 」

 と、パルサーが呟いたとき、水晶の色が突然真っ黒になった。


 「く、黒……! 黒で止まった! 」

 「く、黒……!? そ、そんなの、聞いたこともありません……! 」

 

 だが、水晶に起こった変化はそれでは終わらない。

 突如、


 ピシッ


 という音が響くと、頂点部分に小さなひび割れが生まれ、その亀裂が水晶を真っ二つに引き裂いたのだ。


 「わ、割れた……!? き、君にはいったい、どれほどの魔力量があるんだ……!? 」

 「わ、割れるなんて、そ、そんなこと、あり得るの……!? 」


 俺は現在、ヒュデルや複数のA級冒険者、それから数多くのシスターや複数のB級以下冒険者と“繋がり”を持っている。

 彼らは日夜問わず魔術を使い続け、その経験がすべて俺の元へ降り注いできている。単純な”魔術を使った回数“で言えば、すでに俺を越える人間はこの国には存在しないレベルになっていた。


 「こ、こんなの、故障に決まっています! 測定ミスですよ! だ、第四階級の人間が虹色や黒、ましてや、水晶を割ってしまうなんて……! 」

 ヒッデはそう騒ぎ立てていたが、ギルド長であるパルサーは腕を組んだまま黙り込み、なにかを思案している。それから水晶を片づけさせると、ほかの人々には聞こえないようにこう俺に耳打ちした。


 「涼。夕方にもう一度ギルドの前に来てくれないか。個人的に話がしたい。夕方には私の仕事も片付くから、その時刻に待ち合わせしよう」



 ◇◇◇◇




 「……涼、悪かったね、二度も足を運ばせて」

 夕方にギルド前に着くと、もともと人懐っこい性格なのだろう、パルサーがにこやかな笑みを浮かべて俺を出迎える。

 「いえ、これぐらいなんでもありません。それで、個人的な話って、なんですか? 」

 すると、パルサーはその細い顎に指を添えて、じろじろと俺の全身を眺めた。

 「君は、冒険用の装備品は持っているのかな。それとも、持っている衣服はこれだけ? 」

 「恥ずかしい話ですが、衣服はこれだけです。装備品に関しては、おいおい買い揃えようと思っていて……」

 「良かった! 」

 と、なにが良かったのか、パルサーが両手をひとつ叩いて言った。

 「では、これから私の馴染みの店にふたりで行こう! 」

 「は、はあ……? 」


 そう言って連れて行かれたのは、オーヴェルニュの街のなかでも高級住宅街に当たる、東南エリアだった。

 パルサーはそのなかの一軒、見るからに高級感のある館へと俺を連れて行った。

 

 店のなかに入ると、タキシードを着た店員がひとりと、見るからに高級そうな装備品が壁に掛けられていた。

 「涼、好きなものを取って身に着けると良い。冒険に出るなら装備は整えておいた方が良いからね」

 「そりゃあ装備は整えた方が良いでしょうけど、とてもじゃないですけど、手が出ませんよ」

 「なんだ、支払いを心配しているのか? 」

 「そりゃあ気にしますよ! 金なんて、ほとんどこれっぽっちもないんですから」

 「……そうか? じゃあ、ここの支払いはすべて私が持とう。さあ、遠慮なく取りたまえよ」

 「ま、まさか、そんなこと、してもらうわけにいきませんよ! 」

 慌ててそう言う俺の背中をぐいぐいとパルサーは押しやり、壁際の装備品のもとへと連れて行く。

 あっという間に数点の防具品を俺に身につけさせ、ついでに杖と剣まで持たせてくれる。

 宣言通りパルサーはすべての装備品の支払いを済ませてくれた。

 さすがにあまりの金額の高さに肝が冷えてしまい、いったいいくらか掛かったのか、正確な数字は見る気がしなかった。

 間違いなく、“安い買い物”ではなかったはずだ。



 「さあ、見違えるようになったな。それじゃあ、今晩は夕飯でも一緒に食べよう」

 店を出ると、なぜか俺よりも高揚した調子でパルサーが言う。

 「パルサーさん、なぜここまでしてくれるのですか? 俺は第四階級の人間ですよ……」

 彼のあまりの親切ぶりを不審に感じて、俺は思わずそう問うた。

 すると、パルサーが立ち止まって言った。

 「涼、私のこの見た目、何歳に見える? 」

 「え、見た目、ですか……」

 パルサーの身長はかなり低い。おまけに顔は童顔で、髪は少年のようにさらさらとしている。

 「十四歳、くらいでしょうか」

 パルサーが首を振る。それから言った。

 「これでも二十二歳なんだよ。涼、君より年上なんだ」

 「えっ」と、思わず絶句してしまう。

 さすがに失礼だったかと思い、二の句を継ごうとするが、すべてを察したようにパルサーがその小さな手を翳し、こう続ける。

 「見た目で年下に見られることには慣れている。気にしなくて良い。ただ、これでも割と苦労はしていてね。見た目で損をするというか、他人から舐められることも多いんだ」

 そうだろうな、と思わず胸のなかでそう頷いてしまう。

 「舐められるだけなら良いんだけどね、それでは済まないことも多い。昔、私がまだ冒険者として駆けだしだったとき、非常に困った事態に直面したことがある。準備万端で冒険に出たものの、すべての快復薬を使い切り、クエストに失敗したことがある。金は底を尽き、体力はゼロに等しい。おまけに、腕に致命的な傷を負ってしまった」

 「パルサーさんでも、そんなことが……? 」

 パルサーが頷く。

 「冒険とは危険なものだ。どれほど才能があっても、すべてを失うこともある。ちょうどそのときの私が直面していたのも、そんな事態だった」

 パルサーは、まるで当時のことを頭の中で精密に思い描こうとするように空を見上げ、続けて言った。

 「傷を負った私は、あらゆる薬屋やシスターのもとを訪ねた。傷を癒してもらうためにね。だが、さっきも言ったように、私の資金は冒険の準備の為に底をついていた。回復して貰おうにも、それを依頼するだけの金がなかった。そのうえ、この見た目だろう? 金のない冒険者どころか、金のない貧しい子供としか見て貰えなかった。再び冒険に出て稼いで金を返しますと訴えても、誰も取り合ってはくれなかったのさ」

 この見た目ならば無理はない、と俺は思った。

 「そんななか、俺の話を唯一信じてくれたのが、アニーだった。彼女はとある教会でシスターをやっていた。俺の話を黙って聞くと、急に微笑んでこう言ったんだ。“では、出世払いで”と。そして、惜しげもなく上級白魔術を使って私の傷を癒してくれた……。彼女だけは、私の見た目で私を判断はしないでくれたんだ」


 アニーとの間にそんな逸話があったのか。

 だから、そんなアニーと繋がりのある俺にパルサーは親切にしてくれているのか。

 そう考えていた俺を見透かすように、パルサーが俺を覗き込んで、こう言う。

 

 「誤解しないでくれよ。アニーに受けた恩をただ返すためにやったわけじゃない。君に可能性を感じたから、出資したんだ。私のギルドに所属する冒険者が活躍すれば、私の成績にも繋がる。あくまでも、君への期待があるから、私も力を貸すんだよ」

 「俺に、期待、ですか……」

 この世界で徹底的に”自信“というものを打ち砕かれてきた俺は、思わず、そう零す。

 「そう、期待だ……。アニーから話は聞いているよ。この世界から差別を無くしたいんだってね。君たちの試みを心から応援するよ。なにより、少なくとも私は、君らとは違う種類のものかもしれないが、この見た目によって差別を受けて来た人間でもあるからね」

 そう言うと、パルサーはぎゅっと俺の手を握り締めた。

 それは力強く、見た目の幼さからは想像もつかない包容力が籠っていた。

 「金を払ってもらうことに抵抗があるなら、その金はいつか返してくれれば良い。アニーが以前私に言ってくれたように、“出世払い”でね」


 そう言うとチャーミングな笑みを見せてパルサーは俺の腕を引いた。


 「……さあ、お堅い話はやめにしよう。美味しいステーキでも食べに行こうじゃないか。相手は私ひとりだけだが、今日は君の歓迎会だ」

 

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