第2話 小説、漫画も対象に? フリーランス新法の特徴
いわゆる会社員の場合、労働基準法・労働契約法といった法律でその労働環境が守られている。
翻って我々フリーランスはどうか。企業に労働者として勤務していないため(※1)、我々の作った作品・あるいは成果物には著作権こそ与えられることが多いが(※2)、働き方を保護するような法律はなかった。
※1 いわゆる社員として会社の指示に従って作成した著作物は、職務著作となって会社の著作物になる。
※2 そもそもその著作権も奪われやすいけどね!
一応、個人事業主を守る法律として下請法(下請代金支払遅延等防止法)や独占禁止法がある。これらは優越的な立場にある企業から個人事業主を含む中小企業を守るための法律で、無報酬の修正を依頼したり、報酬を勝手に減額することを違法としている。
そのおかげで、たとえば「納入日に一日遅れるごとに1%報酬を減ずる」といった契約書を提示され(実際、わりとよく見る)、サインしたとしても、発注側が減額の根拠に相当な合理的理由があることを示せない限り減額は無効となる。(本当にやったら公正取引委員会激おこ案件)
しかし下請法・独占禁止法の保護対象となるには、一般的に「A社の依頼で製作し、A社以外に持って行けない」といった業務でなければならないと解されている。その点、たとえば作家や漫画家の作品は、「A出版社でボツにされてもB出版社で出せる可能性」がある。これは「汎用性ないし転用の可能性がある」ということで、下請法や独占禁止法の保護対象にはならないと考えられてきた。
余談になるが、逆に言うと出版社からの仕様指定が多いもの――たとえばノベライズのように「特定出版社から依頼され、かつその出版社でしか出せない」ような小説・漫画などについては、下請法が適用される可能性は格段に上がると言われている。(ノベライズ執筆時にトラブルが発生して下請法違反で訴えた、といった前例が皆無であるため、実際に公正取引委員会ないし裁判所が判断するかは不明だが)
また前述したが、下請法には資本金という制限がある。取引先の親事業者の資本金が1000万以下であれば、それだけで我々は下請法の保護対象から外れる。
そして問題はこうしたトラブルに遭遇したとき、我々のようなフリーランス=個人事業主の立場が非常に弱いことにある。そこで「フリーランスが安心して働ける環境を整備するための法律」として2024年11月から施行されるのが、通称フリーランス新法だ(正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)。
このフリーランス新法は、下請法でフォローしきれていなかった部分を新たにフォローし、また今まで曖昧だった「フリーランス」や「発注事業者」の定義を厳密に定め、両者間の取引環境を改善するための様々な事項が定められている。
まず定義を見ていこう。色々と見たが中小企業庁が公開しているパンフレットが一番分かりやすく、次のように記載されている。
(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/download/freelance/law_03.pdf)
フリーランスは「業務委託の相手方である事業者で、従業員を使用しないもの」。
発注事業者は「フリーランスに業務委託する事業者で、従業員を使用するもの」。
実に簡略化されている。下請法のように資本金による制限が一切関係がなくなった部分は特に大きいだろう。ちなみに法人の場合はこれに加えて「他に役員がいるかどうか」などの条件が付く。
余談だが作家などは「ご職業は?」と聞かれたときに「作家です」と答えづらい場合があり、「自営業です」などと名乗ることがよくあった。今後は「フリーランスです」と名乗っても問題ないことになる。
なお「従業員」には、短時間・短期間等の一時的に雇用される者は含まない。具体的には、「週労働20時間以上かつ31日以上の雇用が見込まれる者」が「従業員」にあたるとのことだ。
フリーランスが従業員を雇用するというのはあまりないだろう。漫画家の場合はアシスタントが必須となるが、大体は業務委託契約であり、従業員に該当することはないだろう。ただし契約形態、あるいは実際の労働状況によっては従業員に該当する場合があり得る(いわゆる偽装労働問題)。
なお企業がフリーランスに業務を委託する場合は「特定業務委託事業者」となり、我々のようにフリーランスがフリーランスに業務を委託する場合は「業務委託事業者」となる。ややこしいが、とにかく「フリーランス新法においては、我々はフリーランスであると定義されると同時に発注事業者にもなり得る」という点だけは覚えておいた方がいい。
ただ我々がフリーランスに該当するとしても、「フリーランス新法の保護対象になる取引」は厳密に定められている点は注意が必要だ。
パンフレットによると
「事業者からフリーランスへの委託 つまり、「B to B」が対象」
とあり、すでに業務委託契約に基づいて行われる業務であれば大体は問題ない。
むしろ「何がフリーランス新法の対象外か」を知っておいた方が分かりやすいだろう。具体的には、「委託ではなく売買」の場合だ。イラストレーターがグッズを作って一般向けに販売する場合などがこれにあたる。
では下請法や独占禁止法では散々対象外と言われてきた、作家や漫画家はどうだろうか。
これについて非常に興味深いのがパブリックコメント、すなわち国民からの疑問に対する国の返答だ。その質疑に次のような記載がある。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/may/02_fl_opinionandthinking.pdf
質問:
新聞社・出版社・テレビ局等が大学教授・専門家・小説家・漫画家・脚本家等に対して原稿執筆を依頼することは、原稿のテーマ・文字数・ページ数等を指定するものであり、又、著作権及び著作者人格権は小説家等に帰属するのが常であるから当初依頼した新聞社・出版社等以外の新聞社・出版社等が当該原稿を用いることができる(すなわち、転用可能性がある。)ことから、本法の適用対象とすべきではない。
回答:
著作権の譲渡や著作者人格権の行使の制限の有無等にかかわらず、事業者がその事業のために他の事業者に、給付に係る仕様、内容等を指定して情報成果物の作成を委託する場合には、「業務委託」に該当します。(解釈ガイドライン第一部1(2)イ参照)。
頂いた御意見については、今後の業務の参考とさせていただきます。
これは弁護士さんにも確認したのだが、つまり「原稿執筆の依頼」を受けての業務のほとんどは、フリーランス新法の保護対象となり得ると国が指針を示したことになる。
ご存じの通り、ほとんどの本は出版社の依頼を受けて書き進められる。中には企画書なしで原稿を書きあげ、「これ面白いから本にして」と直接持ち込むルートもあり得るが、その際にも誤字修正や表記統一といった追加作業が発生することがほとんどだ。たとえネットにアップしていた小説を「弊社で書籍化したい」という依頼があったとしても、書籍にするにあたり何らかの作業が発生するのが常だろう。
つまり今年の11月以降、小説や漫画の執筆もほとんどがフリーランス新法の保護対象となり得る。まずこの点を認識しておく必要があるろう。(ただ小説や漫画そのものに高い転用性があるという事実は変わらない。ややこしいがページや締め切り、内容指定等の仕様部分が業務委託にあたるのであって、その割合は考慮されるだろう。しかも前例はない)
また、ややこしいがもう一つこのようなパブコメもあった。
参考:パブコメより
質問:
事業者が個人から当該個人が保有する権利(肖像権等)や財産の利用権のライセンスを受け、一定の条件を達成した場合に当該ライセンスについての報酬を支払うことを合意する場合、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第 2 条第 3 項に該当するような「業務委託」がないことから、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の適用はないという理解でよいか。
回答:
御理解の通りです。
この点も弁護士さんに確認したのだが、たとえばネットにアップした小説を書籍化したいという依頼があったとする。そのとき一切作業が発生せず出版社がそのまま小説を書籍化した場合はフリーランス新法の適用外となり得るが、何らかの内容修正指示や誤字確認などの作業が発生する場合、その部分は業務委託とみなされることになるようだ。
さて、とにかく幅広い我々の業務がフリーランス新法の保護対象になることはご理解いただけると思う。
ではそうだとして、我々の業務は今後どうなるか。次項で解説していきたい。
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