第2話 半強制メサイア症候群

 降りしきる雨の中、猫がダンボールに入ってたら拾う。嵐の日の前に、弱った鳥が窓で倒れてたら拾う。道端で荷物を抱えてる老人がいたら持ってあげる。


「もしも自分に人を救うことができるなら救う。」


 そうしないと誰かに後ろ指を指されるから?罪悪感で胸が痛むから?それとも貴族の義務ノブレスオブリージュ?最初は僕もそうだった。特に、罪悪感がトラウマのトリガーだったから。でも、今はもう違う。


「救わないと進めない。」


 これは僕が病的に人を救う、そうなった経緯を話そう。







 思春期性ドラスティック症候群に罹った中学生の僕。とにかく人を救おうとした。イジメがあれば首を突っ込む。双方から話を聞く、自分の善悪の判断基準にのっとって、味方する方を決める。システマチックでリスク管理は一切なし。


「あいつよ、やっちゃって。」


 運動部の取り巻きに僕をリンチさせてくるようなヤツもいた。最初のうちは辛勝って感じだった。流石に5人を相手にして勝つとなると、僕の方がボロボロになる。とはいえ、勝てる。痛いけど、辛くはなかった。まだマシだった。だって、


「今日はテスト前だしな。自習とする。天、ちょっと来い。」


 ケンカが終わった後、ちゃんと話を聞いてくれる人がいたからだ。毒舌な数学教師。授業をさぼるのもある程度許せてもらえた。なにより、


「しっかし、お前は本当にバカだな。もう少しうまくできただろう。」


「仕方ないじゃないですか。これは病気みたいなもんですから。」


「なら不治の病だな。なんせ、バカは死んでも治らんって言うからさあ。」


「相変わらず×××先生は僕に辛辣ですよ。中間試験の時も僕がいないときの授業でやったとこ多く出題しましたよね。」


「お前がそれ言うか?それは点数取れてないやつが言い訳に使う言葉だろ。」


「「ははは」」


「次は満点とりますよ。」


「お前にこれ以上、一位はとらせない。」


 奇妙な信頼感があった。それが孤独感を紛らわせてくれたから。


 だけど、やはり僕は特異で異常で、孤独だった。それに気づいたのは目の前で同級生の女の子が死んだのがきっかけだった。僕は教師に頼まれて花壇の手入れをしていた。授業をさぼった罪滅ぼしだそうだ。夏だった。薄いシャツ、突き刺さる日光。花壇に右足を掛け、額から垂れてくる汗をぬぐうときにふと視線を上にあげる。そんな僕の視界に飛び込んで来たのは、校舎の三階にある放送室前の廊下から飛び降りる同級生だった。上から降ってくる女の子。受け止めたところで無事に済みそうにない。だけど、体が動いた。自分が死ぬわけでもないのに起きるタキサイア現象。


「まにあっっっ!!」


 だけど、現実は残酷であと一歩。いや一歩は言葉の綾だ。二歩は足りなかった。花壇の、コンクリートの角に頭のてっぺんを打ち付ける。素人目にもわかる。死んだ。ゆっくりと、ゆっくりと、グシャリと潰れるように横たわる彼女の姿が鮮明に今でも覚えている。呆然とはしなかった。目の前で人が死んだのに、助けられたかもしれないのに、胸が痛むばかりで、


「救えなくてごめんね。」


 僕の口からはそれだけしかなかった。前々からうすうす感じてはいた。当時の僕は生きているって実感がなかった。だから、そこまで感情は動かなかった。残念。ただそれだけ、


「あれ?」


 僕には何があったのかわからなかった。急に意識がなくなったと思ったら寝室にいた。入院経験があったものだから、倒れたとしても僕は病院のベッドの上じゃないとおかしいじゃないか。スマホを見て気づく。だけど、さっきまでのがただの夢だとは思えない。


「今日は正月でもないのにな。」


 正夢かあ。感情が死のうが中二病ではあったからな。自分にも超能力が、そう思った。その日は試しに夢の通りに過ごした。そうすると、


「やっぱりな。」


 夢の通り。


「なるほど、僕は感情は死んでいるが、知的好奇心だとか中二病だとか一般的な習性は残ってるらしい。」


 冷静に自己分析。もしも観測者なんてものがいて、彼もしくは彼女、はたまた彼らの認識で僕が物語の主人公なら、『なんだこのクソ主人公は。』そう言ってリメイクを要求するんだろう。そしてがそうなんだろう。


「にしても、頑固な奴だ。っま、僕だって救えるなら救いたいからな。」


 何回、何十、何百回、僕か彼女の臓物で花壇がスプラッタになっては暗転を繰り返した末に、アスファルトに寝そべる僕の口から出た言葉だった。


 強制リトライ、自暴自棄、消えない倫理観の合併症、鈍く痛む腕を気絶している同級生の下から抜いて、腹の上に置いて命名する。


「半強制メサイア症候群。」


 重症だな。

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