第10話

「お嬢さんじゃありません。比名子です。」

あ…やばい。つい自分の名前を売り込んでしまった。


「ひなこちゃんね。ひょっとして3月生まれなのかな。」

首を傾げて尋ねられた。


「いえ違うんですけど。両親が女の子で3月生まれなら、雛子って名前にしようって決められてたらしいんです。」

他愛ないおしゃべりが嬉しい。


「へえ、お母さんがそうしたいって言ったの。」


「いえ亡くなった父です。」


「お父さん亡くなったの。」


「あ、気にしないでください。私が生まれる前の話ですから。」


「そうなんだ。」

何やら考え込んだお客様に焦る私。どうしよう。気を使わせちゃったかな。


「本当に気にしないでください。

お客様が写真でしか見たことない父に 似てたからつい嬉しくなってしまって。私は夏生まれだったから、お雛様の雛の字は使わなかったらしいんです。」

何だか焦って変な会話になっちゃったけど強引に切り上げて頭を下げると、ゆかりさんの所に逃げ込んだ。


「なあに、ずいぶん話が弾んでたじゃない。」


「すいません仕事中に。」


「やぁね。嫌味じゃないわよ。常連さんとコミュニケーションとるのも立派な接客だと思うよ。」

ゆかりさんは綺麗な顔でにっこり笑ってくれた。

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