第2話 出会い①
「ハア、ハア」
森に入った俺はさっそく魔物に見つかった。
見つかった魔物はゴブリンだった。男は見境なく殺し、女は捕らえて凌辱する。特殊個体を除くと数が多いだけの弱い魔物。通常はそうだ。
だが、邪神が生み出す魔物は違う。コイツらは見た目はゴブリンだが、その能力は通常のゴブリンジェネラルに匹敵する。
邪神が生み出す魔物は通常の魔物より強力になる。そのかわり、邪神の瘴気がない場所には存在を保てず、霧散して瘴気に帰るのだ。
そして、瘴気から生まれるため生殖器官が存在せず、通常だと適応しない環境でも活動することができる。
また、通常の魔物は実力差を感じ取って襲わないこともある。
しかし、目の前にいるゴブリンは男女関係なく目に映ったら殺す存在となっている。そのため、一度でも見つかると逃げ切るか戦うかの2択しか選べない。
その最中に他の魔物に見つかると、その魔物も乱入してくるという地獄。しかも、倒してもなにも残らない。そのかわり、手に入る経験値は莫大なもので、レベルアップの壁に当たった高ランクの冒険者がパーティーを組んで挑むなんて話もある。
が、抵抗する術を持たない俺には無関係な話だ。その証拠にさっきから逃げることしかできていない。
邪神が支配するエリアは邪神から漏れ出る瘴気により貴重な物資が生まれることがあり、俺は味は舌がおかしくなるほど苦いが体力をすぐに回復できるベリーのような果物を見つけたこともあり、いままでなんとか逃げ延びている。
何度か罠を仕掛けて魔物を倒そうとしたこともあるが、ダメージは入ってもすぐに周囲の瘴気を取り込んで回復してしまう。だから倒すことは諦めた。
走っている最中に果物を食べて体力を回復させて逃げる。それを繰り返した。
夜は眠れない。寝たらすぐに死んでしまうからだ。幸いなことにこの果物を食べれば眠気も無くなり、体力も回復するから夜も活動できている。
果物で水分補給はできるが腹は減る。しかし、こんな森で腹持ちのいい食べ物は手に入らない。この木の実を見つけただけでも幸運だったのだ。
森の外からオークの集団が入り込んだ。その瞬間、オークの集団は自分たちの10分の1も数がいないこの森のゴブリンたちによりあっさりと全滅させられた。
その死体は瘴気となり、地面に吸収されるとその近くで芽が生え、すぐに成長すると木になった。そして、その近くで瘴気が集まってゴブリンが生まれた。この森が広がった瞬間だった。
俺が殺されればああなるのか。それを目に見える形で知らされた瞬間だった。
だから、油断していた。生まれたばかりのゴブリンたちはまっすぐに俺に向かって走ってきた。
慌てて逃げようとするが木の根につまづいて転けてしまう。あっという間に距離を詰めたゴブリンが手に持つ棍棒を振りかぶって飛び込んできた。
その瞬間、ゴブリンの首が飛んだ。
なにが起こったのかわからなかった。だが、目の前でたしかにゴブリンは死んだ。周囲を見渡すと俺の真横にそれはいた。
右腕が剣のような刃物と融合したようなものになり、左肘から腕が三本生え、両足が水脹れのように膨れており、顔が皮膚のようなものが生まれては地面に落ちているなにかがいた。こんなこの世のものとは思えない生物の正体は一つしかない。
「邪神、なのか」
『それ以外のなにに見える』
ふと口に出た言葉に目の前の邪神が反応する。
その声は中性的だが女性よりのものだった。
「なんで、俺を」
『監視していた』
「は?」
『キサマもこの私を殺すなどというできもしない無意味なことを考える者なのか。それを確かめていた』
「・・・もし、そうだったとしたら、どうするつもりだったんだ?」
『一度だけチャンスを与えていた。撤退して、おとなしく私以外のこの森の魔物を殺してレベルを上げるだけなら見逃すと。それでも挑んでくるなら』
殺す。
「無意味って、そんなの、かなり強い神器を持った高ランクの冒険者が束になったら」
『殺せると?無意味だ。何度も試したからな』
試した?
『邪神は死なない。切り刻まれ魂を殺され魔法で消し飛ばされる。それらのことはすべて無駄だった。何度か即死させることができるという転生者や冒険者がやってきたこともある。が、無駄だった。死にはしたがすぐに蘇った。魂のレベルで殺されたはずなのに蘇った。そして、本能で殺してしまう。何度も繰り返されたことだ。殺されても無駄だということを知った。殺されることは苦痛を伴う。無意味なことだと知りながらそんなものを味わうのは嫌だ。だから、挑んでくる者は殺すことにした』
「なら、なんで俺は」
『なぜ神器を使わない?』
俺の質問を遮って邪神が質問をしてきた。
『この森の奥地に進んで私を殺しにこようとせず、それどころかこの数日は徘徊する魔物を殺そうともしない。なにが目的なんだ。なぜこの森にやってきた』
「・・・そうするしか、なかったからだ」
初めて会った。しかも邪神相手に俺はなにを言っているんだろう。
『なぜ』
「俺は、神器を貰えなかったんだ」
そう言った瞬間、邪神はピクっと反応した。だが、俺に話を続けかのようになにも言わず、動こうとしない。
「それからは酷かった。家では両親から視界に入ったからと殴られ、それが嫌で外に出ると村の人たちから罵倒され、気に食わないからと殴られた。こっそりと食べ物みたいな形に残らない消耗品をくれたりしたけど、それで毎日の罵倒や暴力に釣り合うわけがないだろ。許せるはずがないだろ。でも逆らえない。逆らったら殺される。それがわかっているから逆らえない。辺境に来た神官ですらBランクの神器持ちだ。運や奇跡が積み重なってどうにかできたとしてもどうしようもないんだ。だから」
『だから?』
「だから、生きれるまで生きようと思った。街には入ることもできず、普通の森にいたら気が変わって俺を殺そうと教会が動くかもしれない。なら死と隣り合わせだとわかっていてもこの森しかなかった。ここで、生きれるだけ生きる。それが、この世界で神器を持たない俺ができる唯一の抵抗だから。そう思ったからこの森に入った。それだけだ」
『強くなって、復讐しようと思わなかったのか?』
「思っていない。そんなことしても無駄だから。もちろん許すことはできない。でも、そんな無駄なことをして俺になにが残る?」
答えはなにも残らない、だ。仮にここの魔物を殺してレベルを上げたとしよう。それでどうしろというんだ?神器の中にはレベルの差を無意味にするものもある。だから、どれだけレベルを上げたところで神器でその差をあっさりと埋められてしまう。それが、この世界の常識なんだ。
『・・・提案がある』
「突然どうした」
『私がオマエを鍛えてやる。そう言ったら、どうする』
鍛える?邪神が?俺を?
「なんで?」
『答えは了承か否定だけだ。それ以外の場合は』
俺の首に剣を突きつけられる。そのとき、刃が触れてうっすらと血が滲んできた。
『この場で殺す。どうせ放っておいてもその辺のゴブリンに殺されるだけだ。ならここで私が殺しても変わらない。それに、二択から選べない者がこの森で生きていけるはずもないからな』
・・・これは、本当のことだ。さっきもこの邪神に助けられなければあのゴブリンに間違いなく殺されていた。拒否したら殺さずに俺をここで放置するだけで終わるだろう。だが、その場合は自分達を生む邪神がいるからか手を出してこないゴブリンにすぐに殺される。それは嫌だ。俺はまだ生きたい。生きて生きて生き続ける。だから、答えは一つしかない。
「俺を、強くしてくれ。頼む」
『いいだろう』
そう言うと、突き付けられていた剣が離れる。そして、一瞬だけ邪神の右腕がブレたかと思うと周囲から感じていた視線がなくなった。あの一瞬で、ゴブリンを殺したのか?そう惚けていると、周囲から瘴気が目の前に集まってきた。それは物質へと変わり、剣になった。
そして、邪神は俺に再び自分の右腕を突きつけ言葉を発した。
『その剣を取れ、修行はもう始まっている』
そう言うと、邪神は右腕で俺が目で追える程度の速度で斬りかかってきた。慌てて剣を手に取り構えるが、対応が遅かったため衝撃で背後に飛ばされ、その先にあった木にぶつかる。
そして、意識を失った。
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