第11話 日常
○日常
「イツキ先生〜?」
エリカは早速、イツキの後を追いかけている。
「まったく、もう〜」
エミリはエリカの見境の無いっぷりに苦笑いする。それでもエリカのことを心配で止まないエミリは、エリカの後を追うのだった。
「おお、エミリ〜? 元気そうだな〜? その後ろは、我が妹か? ハハ」
「ゼエゼエ……イツキ兄〜、妹って言いふらさいないで〜ってば」
「ああ、そうか、そうか。そうだったよな〜?」
「もう〜、そうなんだってばあ〜」
エミリは不貞腐れて兄に言う。
イツキはエミリとエリカが通う女子高校に美術教師として赴任してきている。元々は、芸術家志望だった彼も、いい加減に年貢の納め時となったようだ。
「どう? 新しい学校? イツキ兄、お勤め出来そう?」
「ば〜か、そんな心配いらねえよ〜、妹のくせに生意気だぞ〜?」
イツキはエミリの髪の毛をクシャクシャにする。エリカはそんな仲の良い二人を見てほっこりとしている。
「ねえ? 美術教師って、普段は何をしているの? 美術の授業って、そんなにあるの?」
エミリは兄の就職状況を心配して言う。
「ああ、それな? 俺の場合は、非常勤もOKなんだ」
「えっ? そんなのもあるの〜?」
「まあなあ〜」
イツキは愉快そうに言う。
「イツキさん……私、美術部に志願します!」
エリカは臆さずにイツキに言い放った。エミリは驚いてエリカへと振り返って見る。
「えっ!? エリカってば、ほ、本気なの!?」
「え……? ダメかなあ〜?」
エリカはエミリの反応が面白そうに言う。イツキはエミリの髪から手を離すと、腕組みをしながら二人を見下ろした。
「俺にはまだ、顧問就任の話など無いぞ?」
「えっ!?」
二人は驚いてイツキを見る。
「まあ、そう言うことさ」
「ええ〜っ」
エリカはガッカリした様子で立ち尽くした。
エミリはイツキの話を聞いて、少しだけ安堵している。
(エリカが美術部って……なあ〜んか、似合わないんだよねえ〜、なんでだろう……?)
エミリから見るエリカは、何となく抜けていて、手先が器用には見えない。ノートの端々に見られる落書きにも美術的素養を感じなかった。
(あからさまにイツキ兄狙いじゃん……)
エリカは願いが叶えられないことを知るとしょんぼりと肩を落とした。
「はあ……」
珍しくエリカは人目も憚らずにため息を漏らす。エリカには健康的で元気なイメージがあるので、それを壊すような仕草はしないように注意している。それは子役の頃から培われた処世術だった。
「はあ……」
「ああ〜、もう〜、エリカ〜、ダメじゃ〜ん。さっきからため息連続中だよ〜? イメージダウンでしょう〜? ダメダメ〜」
「はあ……」
エリカはエミリの言葉を聞かないつもりなのだろう。
「こらこら、エリカ〜。せっかくの可愛い子のお前が、台無しだろう〜? シャンとしろ〜、シャンとー」
「はあ〜い」
エリカはイツキが『可愛い』と言ってくれたことに機嫌を直したようだ。
エミリはエリカの扱いに慣れている兄の行為にいつもながら感心する。
(ああ言うところよね〜、イツキ兄は……)
イツキはニコニコとして変わらず二人を見下ろしている。
「エリカ〜? 行こう〜?」
「えっ? えっ? 行くって、どこへ〜?」
「どこって……、特に無いけどさあ〜、ここではないどこかよ」
「ええっ? エミリって強引ね〜?」
「そ、そうかなあ〜?」
「まあ、いいけど……」
エリカはすっかり機嫌を直してエミリに従うようだった。
「じゃあね、お兄ちゃん」
「おいおい、エミリ〜? お前が『にいちゃん』って言って、どうするんだよ? お前が言うなっていったんだろう?」
「ハッ……そ、そうだった……」
「クスクス」
エミリはイツキに手を振るとエリカと放課後の校舎へと消えていく。
「俺も職員室に戻るか……」
イツキは二人を見送ると職員室へと戻った。
その頃、サトシは通っている中学校の放課後の体育館にいた。そこでサトシは、バスケットボール部の活動に参加していた。
サトシは小学校の頃は、水泳に通っていた。運動は得意な方で、足も早い。逃げ足が早いのもよく言われる。バスケットボールは中学校からのスタートだった。これもアニメの影響だった。
「お〜い、サトシ〜?」
「おう、パスよこせー? パス、パース」
サトシたちは新入部員たちだけのチームで対抗戦をさせられていた。まだそれぞれにどのポジションが適切なのか分からないので、試合形式にしてテストされている。
「サトシ! シュートだっ、シュート!」
「バッシュッツ!」
「ゴーッル!」
サトシのチームは動きも良く幸先の良いスタートだ……。
モトキは音楽室から鳴り響く楽器の音や体育館から聞こえる威勢のいい声を後ろに聞きながら昇降口を出て行くところだった。
(俺も先に帰って……ハルカ義姉を待ちたいな……できれば、エミリもイツキもまだ帰らないうちがいい……)
モトキはソワソワする気持ちを抑え気味にしながら足早に帰宅する。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
「母さん、いるの〜?」
「モトキー、おかえり〜」
家の中からは母親のテンの声が聞こえる。テンとはまた変わった名前だが、間違いなく母親の本名だ。
「かあさ〜ん? ハルカ義姉はまだ〜?」
「ハルカちゃん? ええ、まだよ。どうしたの? 珍しいわねえ〜?」
「ああ、うん、ちょ、ちょっとね……」
モトキは母親にごまかすと手を洗いに洗面室へと逃げ込む。
「お腹減ってるでしょう〜? お夕飯まで時間がかかるから〜、おやつ先に食べてて〜?」
「ああ〜、う〜ん、わかった〜」
モトキは上の空で返事をする。テンは息子のその様子に「思春期かしら……?」と頭を傾げた。
(ま、まあ……あの子も中学に上がったばっかりだし……いろいろあるわよね?)
テンは母親らしく決め込むとおやつの用意を台所で始める。
「フフン、フフン、フフ〜ン……♪」
専業主婦のテンは、子供たちのおやつもほぼ手作りをしている。ホットケーキなどお手頃のものからオーブンを使ったクッキーやケーキなど本格的な焼き菓子作りもする。もちろん、自家製のパンなどもお手のものだ。
「母さん? 今日は、何を作ったの〜?」
「母さん、今日はねえ〜、焼き芋かしら?」
「えっ? 焼き芋〜?」
モトキは随分とあっさりとしたメニューに新鮮な驚きだった。
「へえ〜、今日は随分とシンプルだったねえ〜? 母さん?」
「ウフフ、そう思う?」
「えっ? ああ、うん」
モトキは頷くとテーブルに並んだ焼き芋を手にする。
「はむっ」
モトキは大きな口で芋を咥え込む。テンはモトキのそばにお茶を置くとキッチンカウンターに向かって調理を始めた。
「学校で何か変わったことはない〜?」
「えっ? べ、べつに……、な、ないよ……」
「そう?」
「うん……」
モトキはお茶の入ったマグカップと芋を手にすると自室へと移動しようと立ち上がる。
「喉につまらせないでねえ〜」
テンはモトキの様子をチラッと見ると変わらず手を動かしていた。
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