第9話 恋心
○恋心
その頃、モトキたちは昼休憩になっていた。モトキはサトシに聞いた今朝の話から中庭のディオトープへと向かっていた。
「う〜んと……ビオトープ、ビオトープ、う〜ん」
モトキたちが通う中学校は少しだけ校舎の形が変わっている。よく見る学校の校舎は、大抵が、長方形の建物に長い廊下が連なって校内をつなげているのだが……。モトキたちの学校では、まるで中庭を中心としたような配置となっていた。
「あ、あった……」
モトキは上履きのまま中庭へと出る。中庭も木製のデッキで各廊下へとつなげられていた。そのデッキの形は、不思議と籠目のようになっていて、いわゆる六芒星に見えるのだった。
モトキは池の水へと近づいて行く。
「チョロチョロチョロ……」
歯切れの悪い水音が辺りに散らばっていく。その水音の根元には確かに天使の姿の小便小僧の像が立っていた。
「おいおい……これか?」
モトキは、自分の腰高にも満たない小ぶりな小便小僧を撫でる。
「う、う〜ん……」
モトキはサトシの話がイマイチ理解できかねないようにして、水が落ちるその先へと視線をずらしていく。
小便小僧の先から押し出された水たちは、池の中に飛び散る。水飛沫がそこに立ち、王冠のように跳ねる。飛沫の周りには水輪が広がり、水草に触れて歪んでいく。
池の中にはハスや菖蒲など水生の植物が広がっている。水の中を覗けば何やら小さな生き物たちの姿も見えた。
モトキはサトシが言うようにこの小便小僧に恋の願いを言うべきかどうか迷う。
「う、う〜ん……この状況で、恋の願いとかよくできるよな?……サトシの奴……」
モトキは困り果てたかのようにして天空を見上げた。中庭は校舎に囲まれて、正方形からのドームが屋根のようにかかっている。だが、その頂上には円形の空洞があり、空はまん丸に切り取られていた。そのまん丸の空洞から差し込む光の帯たちは、まさに天から降り注ぐ光のシャワーだった。
モトキは、この陽の輝きには、何やら高貴なものを感じた。そこでモトキは天に向かって大きく背伸びをすると、その光のシャワーを両手一杯に受け取るように手の平をかざした。そうしておいて、大きく深呼吸をすると天に向かって祈りを込めた。
(ヒカルの気持ちを知りたい……)
幼いオモイカネとアマガミは天界の中庭に来ていた。そこには人間界にもつながっている水源から清水が湧き出す泉があった。この水源なら人間界とも想いの水を通じて知り合うことができる。
幼いオモイカネの神であるトモは、まだ上手く人間の想いを汲み取ることができないアマガミをここで練習させようと考えた。ここでなら、オモイカネも共にその想いを共有することができる。この水は、そのような神力が備わっていた。
「アマガミ殿、何か聞こえまするか?」
「う、うん……な、何か、聞こえた……」
アマガミは怯えたようにトモの顔を見て言う。トモはその顔を見ると、自らも水を被った。
『ヒカルの気持ちを知りたい』
オモイカネのトモには、ハッキリとその言葉が聞こえていた。
「聞こえましたよ? アマガミ殿?」
トモは興奮してアマガミを見て言う。
「そ、そなたも、聞こえたのか……?」
「はい、もちろんですとも!」
トモは初めての体験に好奇心が止められないようにいる。アマガミは、いつもとは異なるこちらの泉に少し戸惑いを見せているようだった。何しろ、ハッキリと聞こえるのだから。
「と、トモ〜?」
アマガミは泣きそうな顔でトモに訴える。
「な、なにか……? アマガミ殿?」
「わ、わらわは、もう嫌じゃ……こっちには、こんなに簡単な泉があるのに……いままでここを教えてもらうこともできずに……ずっと、練習ばかりじゃ。もう、嫌じゃ、嫌じゃ」
アマガミはずっと言えなかったわがままをトモの前で初めて晒し出した。
トモはそのようなアマガミの姿に困惑する。
(ま、待てよ……も、もしかして……ボクは、アマガミ殿の邪魔をしてしまったのだろうか……? 良かれと思って、じ、実は……余計なことをしでかしてしまった……?)
オモイカネは知恵の神ではあるが、知恵を貸すにもタイミングは必要だ。幼い男神にはそれがまだよく分かっていなかった。
(ど、どうしよう……アマガミ殿の神力を伸ばすどころか……くじくようなことになってしまったら……)
トモは慌てて取り繕うようにしてアマガミに言った。
「こ、ここは……練習にしかなりませんよ? アマガミ殿。だって、ここは、水を同じにしているのですから。言うなれば直通の糸電話のようなもの。そんなものは、他では通用致しませぬゆえ。オモチャのような遊びだと受け取って頂きたく……」
トモは懇願するようにアマガミに申し上げる。
アマガミは泣きべそをかきつつもトモの述べる言葉に納得をする。ここは、特別な場所なのだと。神々の神力は、場所に左右されるべきではないのだと、渋々と幼い神心にも受け止める。
(母様……)
アマガミは敬愛する母神の威厳を思い浮かべた。
(わらわも……母様のように光り輝きたいから……)
泣きべその涙を両手で拭うとアマガミはトモに向かって笑顔を見せる。トモはアマガミの笑顔を受け取ると、「さあ」と言って、人間の願いを叶える手伝いを申し出る。
「トモ〜? この願いは、どのように致すのじゃ?」
「うん……まずは、この願いの人間関係を探りましょう?」
「『ヒカル』と呼ばれる女の子とこれを呼ぶ男の子とのことか?」
「そうですね、まずは、そこから……」
オモイカネはヒトの子たちの系譜を空中に文字だけを浮かび上がらせて一覧にしてアマガミに見せる。
「おわ〜お〜う」
アマガミは初めて見るその様子に歓声をあげた。
「トモはそのようなこともできるのか? それはトモの神力か?」
「ええ。ボクだけじゃありませんよ、じじ様も、我らの系であればみなです」
トモは事もなさげにサラリと言う。アマガミは自らの属す神力とはまったく違うその様に言葉が出ない。
トモはアマガミの様子に気づくと、明るい表情で笑顔を見せた。
「ふふ。驚きましたか? こんなふうに我々は、文字や言葉、知恵に関することを現すのです」
トモはまだ幼く未熟な自分のことは照れながら、自らが連なる神力について誇らしげに話した。トモはそうしながらも先ほどアマガミが見せた奇跡のことを崇高に思っていた。
「アマガミ殿だって……我々とは異なる顕現をなされます……それは、とても崇高ですよ」
トモは、そのこともまた誇らしげに嬉しそうにアマガミに述べた。アマガミはそれを聞くと、「えっへん」と得意そうに胸を張る。
「わ、わらわも……良い感じか? トモは、喜んでくれるのか?」
「もちろん、アマガミ殿は立派です」
「わ、わらわが……? ……か?」
「はい、そうです」
アマガミは初めて他者からそのような言葉を投げかけられる。このような体験はこれまでにないことだった。
(うれしい……)
アマガミが喜びを噛み締めて、胸にそれを溢れさせる。アマガミに吸収された喜びは、女神の体を内側から発光させる。女神の体は中心から光を放つと、背中には翼が生えたかのように天使の姿を映し出す。その姿は、幼神の容姿ではなく、大人の女神の姿になった。それは、空をも覆い尽くすような巨大なオーラとなって女神の姿を天空に映す。
「な、なんと……」
トモはアマガミの様子に腰を抜かしそうになる。
(こ、これほどとは……)
映し出された姿とは裏腹に幼神のアマガミはまだそこに居る。それは、サナギのようになって地面に転がっている。
(ね、眠ってるの……?)
トモはアマガミに近づいて自身の胸に抱き寄せる。
「スースー……」
(息はある……)
トモはアマガミの呼吸音を確かめると、起こすべきかどうかを迷う。
(女神の力は幼神では容易に扱えないらしい……力が顕現すれば、幼神は眠ってしまう……そうして、バランスを取っているのでしょう……)
トモは、地面にじっくりと腰を下ろすと、アマガミの頭を太ももにのせる。トモはアマガミを膝枕で眠らせる。
(この可愛らしい顔……美しい肌……髪の色香……艶……)
トモは見れば見るほどに、目の前の女神の魅力に惚れ込んだ。
(あまり立派になられるな……アマガミ殿……せめて、もう少し、ゆっくりと……)
トモは、神力によっては直ぐにでも大人になってしまえる神々の境遇を思った。
(私も急がねば……うかうかしていれば……女神に置いていかれます)
トモは芽生えた恋心に自覚をすると、この女神を誰にも渡したくないと熱望する。
「恋か……」
トモは一息吐き捨てると、アマガミの寝顔に視線を落とす。
「いつか女神も恋をするのでしょうねえ〜?」
(その相手がどうか私でありますように……)
トモはヒトの子たちの願いを叶える前に自らの恋心を女神に願っていた。
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