第7話 トモ

○トモ


「さあ、アマガミ殿、着きましたよ」

 オモイカネは広い中庭を指差す。そこにはドーム状の覆いが広がっており、透けるその素材は天空を輝かせて見せる。

「ここは、何じゃ?」

「ここは、遊戯室ですよ。幼神たちがここに集まって自由に過ごすところです」

 アマガミは初めて訪れるその場所にソワソワとする。

「わ、わらわも、遊んで良いのかのう〜?」

「ククク。もちろんですよ」

「そ、そなたは? なにをするのじゃ?」

「わたしですか? わたしは何も。アマガミ殿のお相手をいたしましょうか?」

「わらわの……?」

「はい」

 幼いオモイカネは承知したとばかりに頷く。

「そ、そなた……」

「何でしょう?」

 オモイカネは真ん丸の瞳を輝かせてアマガミの顔を覗き込む。

「わ、わらわの……」

 アマガミは語尾が消え入りそうになる。それでも何とか声を絞り出して言う。

「と、ともだち……」

 アマガミは顔を下に向きつつも祈るように胸の前で腕を組む。いまから言うことが恐ろしいのか小さな体を小刻みに揺らす。オモイカネはそんなアマガミの様子を見て、笑いをこぼした。

「ふっ。そんなに硬くなりなさるな。そんなにボクが怖いですか?」

 オモイカネは口調を緩める。

「わ、わたしの……ともだちに……なってくれる?」

「えっ?」

 オモイカネは突然の申し出にたじろいだ。アマガミは泣きそうな顔をオモイカネに向けて言う。

「母さまが……い、言うの。『ともだちをつくりなさい』って……。わ、わたし……それが、わからなくって……。そ、それで……」

 アマガミは言葉に詰まって泣き出した。

「うっ……うっ……」

 オモイカネはしゃがみ込むとアマガミの顔を見上げて言う。

「いいこ、いいこ、いいこだね〜」

 オモイカネは震えるアマガミの両手を手のひらで包み込む。

「フフ。いいよ、ともだちになろう? さあ、手をつないで?」

「う、うん」

 アマガミは固く握りしめていた手を解くと、オモイカネの手を取った。

「そなたは、トモじゃ……」

「えっ? ともだちってことかい?」

「なまえ……」

「名前?」

「そうじゃ、そなたの名前じゃ」

「フフ。まだ、そのことを考えていたのかい?」

「わらわの友のはたらきを為すそなたは、トモじゃ」

「分かった。じゃあ、ボクは、アマガミの前ではトモと名乗ろう。それでいいかい?」

「うんっ♪」

 アマガミは初めてできた友達に喜びを隠せない。

「フフンフ〜ン♪ ルンルルルル〜ン♪」

「クク。何だい、それは?」

 オモイカネはアマガミが奏でる可笑しなメエロディーについ笑ってしまう。

「こ、これは……わらわが、作ったうたぞ」

「君が?」

「う、うん……」

 恥ずかしそうに俯くアマガミにオモイカネは顔を熱くする。

(あ、あれ……? こ、こんな子だったっけ……?)

 オモイカネは初めて友達になった女神に、友達以上の感情が芽生えるようだった。

(へ、変だな……胸が熱く……ドキドキするなんて……)

 一瞬、オモイカネの頭の中にアマガミが成人した姿が映った。

(う、美しい……)

 その姿は、アマガミの母神を彷彿させる気高さと気品に溢れていた。

(いつか……ボクも……あの女神に劣らぬほどの男神になろう……隣を歩いても遜色のない男神に……)

 オモイカネはそっと胸に刻み込む。


 そんなトモの想いもツユ知らず、アマガミは、変わらず可笑しなメロディーを歌っている。

「フフンフ〜ン♪ ルンルルルル〜ン♪……? あれ?」

 アマガミは面白いものを見つけた時のように走り出す。オモイカネは慌ててアマガミの後を追いかけた。

「どうしたの? 何か見つけたの?」

「ねえ、これ、見て? お花が咲いてるよ?」

「ああ、これね。これは、夢見草だよ」

「夢見?」

「そう、君たちは想いの泉に沈み込んでヒトの子たちの夢見を垣間見るんだろう?」

「うん、そう……。 わ、わたしも練習してる……」

「クク。その様子だと、まだ、上手に出来ないみたいだね?」

「あ……う……」

 アマガミは頭を抱えこむ。

「この草はね、花を摘んでお茶にすれば、同じような効果が現れると言われているんだよ」

「試したことはないの?」

「まあね。毒があるとも言われているし、大人たちも近づかないよ。君は、興味があるの?」

 アマガミはオモイカネの言葉を待たずとも興味津々だった。

「試してみたいの?」

「うん」

 珍しくアマガミは即答だった。

「う〜ん……ボクが勝手に決められないし……。ここは、やっぱり大人たちの意見も聞いて……」

 オモイカネが考え込む間に、アマガミはさっさと花を集め出していた。それを見たオモイカネは慌てて言う。

「ほ、本当に、本気なの〜?」

 オモイカネの声は可笑しなアクセントに跳ね上がる。アマガミはトモが発する言葉にも反応せず、楽しげに花を摘み集める。

(ど、どうしよう……)

 オモイカネは悪い予感しかしない。

(だ、誰かに相談……)

 

 その時だった。

 遊戯室にオモイカネの迎えがやって来た。

「迎えじゃよ?」

 老神のオモイカネが幼神のオモイカネを迎えに来た。

「じじ様、あの子が夢見草を集めておいでです」

「ほほう、アマガミ殿か?」

「はい……」

 幼いオモイカネは困ったように頷く。

「ほほ。何も気にすることはないよ、オモイカネ」

「そ、そうなのですか?」

「夢見はアマガミ殿に任せて良い。良い経験になるじゃろうて、ほっほっほっ」

「は、はあ〜。じじ様がそうおっしゃるのであれば……」

 トモのオモイカネはアマガミの様子を振り返って見つめる。

「楽しかったかな? そなたは?」

「えっ?」

 トモは老神の言葉を確かめるかのように老オモイカネの顔を見上げた。

「そなたにも息抜きが必要じゃて。あの幼神は、きっと、良い相手になるじゃろう」

「はい、じじ様」

「うむうむ、よいよい。 良い出会いがあったな」

 オモイカネはトモの頭を優しく撫でた。


 アマガミは、夢中で夢見草を摘み集める。

(わ、わらわも……一度は、夢見の神事を成功させねば……ウメにも母様にも喜んでもらわねば……)

 アマガミは周囲の優れた神々に気後れしているところがあった。いつも自分だけ取り残されているような気がして、なかなか勇気が出せずにいた。それでも、周囲の神々が掛けてくれる言葉を信じて、頑張ってみようとは思っている。

 アマガミにとって、初めて得られたトモは、その勇気になっていた。

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