第6話 オモイカネ
○オモイカネ
一方、天界では……。
「ぶはあ〜」
プルプルプルプル……。
実際に濡れているわけではないけれど、想いの水に浸った後は水に濡れたような気がする。アマガミはそう感じて、いつも泉から上がると身を振るう。
「アマちゃま? 無事にお帰りですか?」
「ウメ〜」
アマガミはウメの姿を見つけて抱きつく。
「あら、まあ〜。ウフフ。アマちゃまは、甘えん坊ですね〜?」
「う、うるさいぞよ……ウメ。ヒック……」
想いの海は、さまざまな思考が流れ、感情や感覚、直感に溢れているから、アマガミのような幼い神はまだ迷いの縁にある。
「何か見えましたか?」
「ウ、ウメ……」
「どうかなさいましたか?」
「わ、わらわには……恋を願う男の子の願いが聞こえた……」
「ほう……、それは、何と?」
ウメはアマガミの背中を摩る。
「とある娘ごの気持ちが知りたいとか……何とか……」
アマガミはモトキの願いがさほど正確には聞き取れていなかったらしい。モトキはヒカルがサトシを好きなその理由が知りたいのだ。
「ヒトの子の特定は出来たのですか?」
「う、う……ん? ど、どうかのう……」
アマガミは自信なさそうに呟く。ウメはアマガミを抱いて言う。
「焦らずとも大丈夫ですよ? 少しずつ参りましょう?」
「う、うん」
アマガミはウメを見つめると嬉しそうに頷いた。
(さて……どうしましょうか……)
ウメはこの幼神を立派に育てるべく、眷属たちに協力して働いてもらうことを考えた。
「アマさま?」
「な、なんじゃ……?ウメ?」
「いまからオモイカネさまのところへと参りましょう?」
「オ、オモイカネじゃと……?」
アマガミは思いもよらぬ提案に尻込みをする。
「あの……アマさま? 若君の方へですよ?」
ウメは、心配そうな顔を見せる幼神に笑顔で言う。
「一緒にお遊戯をした男神か?」
「そうです。よく憶えていらっしゃいますか?」
「ち、ちとな……」
アマガミは恥ずかしさも思い出しながら照れを隠すように俯く。
「何を恥ずかしがっていらっしゃるのでしょう?」
「べ、べつに……」
アマガミはウメから背を向ける。
アマガミが初めて天界の宮城へと赴いた時、アマガミは幼神だけに迷子になった。泣きながら母神の名を叫ぶと、そこに現れたのは「オモイカネ」という名の男神だった。
「そなた、母神の名を何と申す?」
「アマテラス……アマテラス……」
「ふむ、太陽神の名か?」
「うっ……ひっく……わらわは、アマテラスの子で、アマガミじゃ……」
アマガミはそのように名乗って男神に申し出た。男神の姿は老年に見えた。その男神の陰から、幼い男神が現れた。
「幼きオモイカネよ?」
「はい、爺さま」
「この子の相手をしなさい」
「わかりました」
幼い男神は、さも、聡い様子で、見目も麗しく艶がある。神気も輝き、見るからに高貴な神のようだ。
「さあ、アマガミ殿、参りましょう?」
幼い男神はアマガミの手を引こうとする。アマガミは泣きながらも幼い男神の手を取った。
「どこに参るのじゃ?」
「幼神には幼神の集まる場があるのです。そこに参りましょう」
「わ、わらわは、そなたに任せる……」
アマガミはそう言うと、「ひっく……ひっく……」と嗚咽を漏らしながら男神について行く。
「わたしのことは、オモイカネと呼んでください」
「オモイカネ……?」
「そうです。代々、同じ名を受け継ぎますので」
「で、でも……そなたは、そなたであろうに……? そなたは、何と申すのじゃ……?」
「えっ……?」
「名は何と申すのじゃ?」
オモイカネは黙ってしまう。
「も、もしかして……私の言葉が通じてないのかなあ……?」
オモイカネはじーっとアマガミの瞳を覗き込む。アマガミはオモイカネの瞳に我が姿を映しながら言う。
「そなた自身は、唯一のそなたであろう? そこになぜ、名を頂かぬのじゃ?」
「はあ……」
幼い男神は、ぽか〜んっとする。
「受け継ぐ名とは別に、そなたを示す名があろう……?」
「う、うーん……聞いたこともありませぬ……」
オモイカネは初めて聞くその考えに思いあぐねた。
『神々の名は、その働きを表す』そのようにアマガミは聞いていた。そうであるからこそ、この男神にも何か働きがあるのであろうと。オモイカネは、異なるのだろうか? そのような神もある? アマガミは初めてのことで興味津々だった。
「ならば、そちがつければよかろう?」
アマガミは発見したように溌剌とした表情で言う。
「う、うーん……」
「なぜ、迷うのじゃ……? ならば、わらわが名付けよう?」
「へっ?」
オモイカネはその麗しい顔を凹ませて、呆気に取られた間抜け顔になる。
(しょ、正気か……?)
オモイカネの心配をよそにアマガミは「う〜ん、う〜ん……」と真剣に悩んでいるようだった。
(オモイカネ……オモイカネ……)
オモイカネの神々は、元来、知恵を司る神々で、アマガミは愛を司る神系に属している。
(だ、大丈夫かな……?)
元々、知恵の回る、優れた神の系列だけあって、オモイカネは幼神であっても頼りになる神。少々、手がかかっても幼い女神を投げ出すことはない。
実際、オモイカネはアマガミが自身の為に頑張ってくれる姿を快く見ていた。
(頑張って……)
オモイカネは微笑みを浮かべてアマガミを見つめた。
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