第3話 モトキのオモイ
○モトキのオモイ
(サトシの奴……)
モトキはチャイムが鳴り終わるとともに席に付いた。
「キリーつ」
「礼」
「着席」
いつも通りの掛け声を聞いたかと思うと担任のヨコヤ先生が言う。
「まだ中学校の生活には慣れないだろう。時間割りも授業も随分様子が違うからな。眠くなる奴、早弁する奴、色々あるだろう。まあ、そのうち慣れるだろうから、ボチボチな〜」
「先生ー?」
「何だ?ソノダ?」
「早弁って〜? 給食をみんなよりも先に食べるってこと〜?」
「ああ、そうか……、給食に切り替わったんだったな……。悪い悪い、俺こそまだ不慣れだったなあ〜」
「先生〜? 大丈夫〜?」
お茶目な女性徒のミイコが言うと、クラス全体が笑った。
「あははは」
「どわっはは」
「おお〜い、朝からいい笑顔だあ〜。俺のドジも中々だな〜」
担任のヨコヤも楽しそうだ。
(ハア〜)
モトキはクラス中が盛り上がっている中で一人だけ焦っていた。
(ヒカルがサトシを好きな理由って何なんだろうなあ……。それに、サトシの奴、上手いことやりやがって……)
モトキは今朝方、サトシに聞いた話を思い返していた。
(恋の願いかあ……)
モトキはふと、窓から外を眺める。
(すげえ、いい天気だな〜、今日は……。後で、中庭まで見に行ってみるか……ビオトープ……?)
「お〜い、モトキ〜?」
「……」
モトキはその声に気づいていないようだった。
「おい、モトキ?」
担任のヨコヤがいつの間にかすぐそばに立っている。
「うわっ! な、なんっすか? 先生!?」
「何度、名前を呼んでも上の空だからなあ……モトキは? 空に何かあるのか?」
ヨコヤが窓の向こうへと視線を送る。担任の動きに釣られてクラスメイトも外を見上げた。
「せんせーい、こんないい天気に勉強って〜、タりい〜よ〜」
「そうだ、そうだあ〜」
元気の余る男子生徒たちが騒ぎ出す。
「ハハ、俺だって、こんな日に教室に居るなんて嫌だぜ?」
「なあ〜んだ、先生もか?」
男子生徒の一人がそう言うと、みな「ドッ」と一斉に笑い出した。
「ほらあ〜、そろそろあきらめて、お勉強だぞ〜、授業の準備〜? いいかあ〜?」
「はあ〜い」
生徒たちはザワザワと準備を始める。
「ほら? モトキ? お前もだぞ?」
担任のヨコヤはコツンっとモトキを促した。
(や、やっべ〜)
モトキは小突かれた頭に手を添えるとカバンから必要なものを取り出した。
「よ〜し、ホームルームはこれまで〜、あとは、授業に遅れるなよ〜?」
「はあ〜い」
それぞれは各自に返事をすると1限目の授業へと動き出す。
「朝から体育なんて、どうなんだよ? なあ、モトキ〜?」
クラスメイトのサトシが言う。
「体育は2クラス合同だろ〜? 男女別で?」
「ああ、そうか。残念だったな、ヒカルとは別だもんな〜?」
「うっせえぞ、サトシ」
「どうせまた、ヒカルのこと考えて、どっかで小便小僧にでも会いに行こう〜なあ〜んて、夢見心地で居たんだろう〜?」
「はあ〜? な、なに、言っちゃってんだよ……」
「図星な?」
ニヤニヤとサトシは笑う。
「う、うっせえ。お、俺に、構うな」
モトキはプイッとして、席を立ち上がる。
「まあ、そう、拗ねるなって?」
「す、拗ねてねえし……」
「んじゃあ、給食のミートボールで手を打ってやるよ?」
「はあ〜?」
「ミートボール2つくれたら、お前の願いを叶えてやる」
「はあっ!?」
「だ〜か〜ら〜、ヒカルが俺を好きな理由が知りたいんだろう〜?」
「ああ、うん……」
「まっ、そう言うことだ」
サトシはポンポンとモトキの肩を叩く。
「って〜、なんなんだよ、ったく〜。しかも、俺の好きなミートボールなんてさあ〜」
「フフフ、モトキくん?」
「な、なんだよ、気持ち悪い〜なあ〜?」
「それだよ? それ? 君に欠けてるとこ?」
「はあ〜? 何だよ、サトシ〜?」
「まだ、気づいてない?」
「……?」
モトキは無言で首を傾げる。
(きゅ、給食……?)
モトキは、どこかで同じような光景を目にしたような気がした。
「た、確か……?」
それは、小学生の頃だった。
モトキとヒカルとサトシと……確か、同じ班で給食を食べていた時間のこと……。
(俺、あの時……)
モトキは幼い頃から偏食家なところがあって、出された給食もよく残しがちだった。それも回数を増やすうちに言い訳が面倒になって、近くに居る友達の皿にシレッと嫌いなものを入れたりするようになっていた。
(俺、あの日……)
モトキはピーマンが苦手で、酢豚が献立だったある日、隣に座っていたヒカルの皿にピーマンだけを山盛りにしていたことがあった。
(そういえば、あの後……どうなったんだろう……?)
サトシはモトキのそんな表情を知らんふりして先に言う。
「ほら、着替えろよ? 体育館に行くんだろう? あっちで着替えるか?」
「お、おう。更衣室で着替えるかな?」
「分かった、ほら、行くぞ?」
「うん」
モトキは体育着が入ったカバンを肩に担ぐとサトシと共に教室を出た。教室を出ると廊下には隣のクラスの男女も体育館に向かって歩き出していた。
「ヒカル……」
モトキはヒカルの姿を見つけると思わず名前を口に出した。
「おい!ヒカル〜?」
サトシはヒカルの後ろから走って行って、ヒカルの背中を押した。
「きゃあっ」
ヒカルは急な刺激に足をつまずきそうになる。
「ちょっと、サトシ〜!」
ヒカルの友達のミズキがサトシに注意を促す。
「ごめん、ごめん。ヒカルがボーッとしてるように見えたからさ〜」
サトシは笑いながら言う。
「大丈夫? ヒカル〜?」
「うん、大丈夫だから。ごめんね? ミズキちゃん?」
「私は、別に……」
「おい、大丈夫か? ヒカル? ミズキも?」
後から来たモトキが二人に話しかける。
「ん、もう〜、モトキはしっかりサトシを見張っててよ〜? しょっちゅう、ああやって、女子にイタズラするんだから〜」
「ミズキも狙われてるのか〜?」
「ちょっと〜、どういう意味よ〜?」
「えっ? いや、べつに……」
モトキは首を横に振る。
「フンっ、どうせ、私みたいな男まさりなんて〜って、言いたいんでしょう?」
「そ、そんなこと……ねえよ?」
モトキは笑い出しそうになって言う。
「も〜う〜、顔が笑ってるし〜、ほ〜んと、失礼しちゃ〜う。行こう? ヒカル〜?」
「う、うん」
ミズキはグイッとヒカルの腕を引っ張って走り出す。
「あっ! お、おいっ?」
モトキは振り返りもせず走り去って行く二人の姿を目で追いかける。
「ったく……」
(女って……わっかんねえなあ〜)
モトキはいつ頃から男と女が分からなくなって行ったのかを思い出そうとしていた。
(俺……初めっから分かってなかったのかも……男も女も……)
体育館に近づくに連れ、男子と女子とが分かれて行く。男子は体育館へ、女子はグラウンドだ。
(俺たちの知らない時間がだんだん……増えて行くんだな……)
モトキは女子たちが消えて行く昇降口を眺める。
「ハアー」
「おおい、盛大なため息だなあ〜? モトキ? 悩みなら先生に言うんだな?」
モトキは体育館の手前で体育教師のオカベと並んだ。
「先生は? 今日は、早いんですね?」
「ああ、俺かあ? さっきまで外に居たからな?」
「朝練っすか?」
「いや、朝礼」
「朝礼? 外でですか?」
「まあな」
「ふ、ふ〜ん……」
モトキは何気なく気になるところも流した。
「それよりも、ほら、早く着替えるよ? 点呼するぞ?」
「あ、はいっ」
グラウンドでは、そろそろ女子の点呼が始まりそうだった。女子の体育はグラウンドでの創作ダンスのようだ。まずは、女教師のミヤシタが手本を示すところらしい。
「ダンダンダダダ……♪♪♪」
音楽が流れ始める。
女子生徒たちは体育座りでグランドに座り、女教師のパフォーマンスに手拍子を打っている。
「わあ〜っ」
時折、歓声が上がると女教師のミヤシタのパフォーマンスは盛り上がって行くようだ。
「ミヤシタ先生、綺麗すっよね〜?」
サトシがニヤニヤとして体育教師のオカベに話しかける。
「なんだ? サトシ? お前、年上の女が趣味なのか?」
「先生も? ですか〜? 俺、あんまし同級生とか興味ないっすね〜」
「サトシは、大人びてるな〜? 俺のことも全然、ビビってないしなあ〜?」
オカベは体育教師にしては背も低く、おっとりとしている。
「入学してそんなに日もない中1が、生意気っすよね?」
サトシは腕を組み、背伸びをして言う。
「お前のは、生意気というより、お茶目だな」
「俺、お茶目?」
サトシは、シナを作って可愛らしく言った。
「そう、そうやってすぐに笑いに変えるからな〜。お前みたいなやつは、クラスメイトにもモテるだろう?」
「ええっ? いま、俺、言いましたよね〜? 同級生って、そんなに興味ないって〜?」
サトシはおどけて笑う。
「まあ、いいだろう、好きにしろ。さあ、点呼、始めるぞ〜」
「はあ〜いっ」
イキの良い声とだるそうな声が混ざる中、男子の体育授業も始まった。
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