第2話 展開?天界?

○展開?天界?


「ヒメガミさま〜?アマちゃま〜?アマガミちゃま〜?どちらにいらしているのですか〜?いらっしゃればお答えくだされ〜?」

天界の極々隅っこに小さな離れがあった。そこは神と言えども末席も末席……。人間界に於いては”御社”でさえまだ与えられず祀られもしない神が住んでいた。

 その神の名は”アマガミ”。由緒正しき神の直系ではあったが、願いを叶えられる技術はまだ幼く、天界から天使界へと遣いに出されていた。


「ここぞ〜、ワラワはここにおるぞよ〜」

幼い女神は姿を現して言った。

「まあ、アマちゃま、そんなところにいらしたのですか?」

「そんなところとは、失敬だぞよ。ここは、ワラワのお気に入りじゃ」

その姿は人間界で言うところの3〜4歳ほどの幼女に見えた。幼く見えるその少女は、長い黒髪に白い羽衣を身につけていた。長い髪は白く細い帯のようなもので結えてある。

 少女は、「ヨッコラしょ」と、まるで重い腰を持ち上げるような口ぶりで庵の中から出て来た。

「ヒメさまはそのような庵がお好きでございますねえ〜?」

侍女のウメが言う。ウメは梅の木の精であり、幼い子神たちの守り神でもあった。

「天界は人間界のような雨は無いぞよ、裸でいても快適な世界であるぞよ、そこで何故に立派な居城がいるのかのお〜?」

見た目は幼そうな神だが口だけは達者らしい。

「ホホホ。ここは想いが現れた世界ですよ。居城の立派さはその神の立派さ。神威がそのように見えているのですよ」

「なるほどな。通りで母さまの居城は天界一のご立派に見える」

「そうでありましょう。それがそのように見えるアマちゃまもそのご立派な素質がおありでございますのよ」

ウメは誇らしげに言う。

「フン。そなたはそのようにワラワを褒め上げては、退屈な修行をさせようとしておるのだ……ワラワは騙されぬぞよ……」

アマガミはまた修行に連れ出されると感じてその場から逃げ出そうとする。

「逃しませんよ〜?」

ウメは侍女として幼き神に仕えてはいるが、本来は、梅の木の精として崇められる立場でもある。

「さあ、アマガミさま、今日も人間の世界をご覧になって。アマさまが叶えるべき願いを叶えましょう?」

「ワラワが叶えるべき願いとは何じゃいっ?」

「あら、まあ、ヒメガミさま。お惚けなさいますな〜。あなたさまは人の恋を叶える”アマガミ”でございますれば、人の恋路を叶えては、その神威を高めるお努めでございましょう〜?」

「ワラワは嫌じゃ、恋などと……」

「ホホホ、何を恥ずかしがっておられるのです?」

「恥ずかしがってなどおらん……」

ヒメガミはプイッと外方を向く。

(あらまあ……ヒメガミさまは……まだ恋をご存知では無いから……まだちょ〜っとお早いのかもしれませんねえ……)

ウメは幼い女神の背中を温かく見守る。

「ねえ……?ウメ?」

「はい、なんでございましょう?」

「ウメは、恋をしたの……?」

「ええ、もちろんでございます」

ウメは胸を張るようにして言う。

「ウメは好きな相手が……いるの?」

「もちろんですよ、ヒメさま」

ヒメガミは幼く見えるその素顔をウメに向かってそっと上げる。

「恋って……気持ちいいの……?怖くない……?だれかを好きになるってどんな感じ……?母さまよりも……もっと好き?」

「ウフフ、ヒメさま。母神さまをお好きになる想いとは、少しだけ趣が異なりましてよ?」

ウメは幼い神を腕に抱いた。

「母さまとは……違うの……?」

「そうですねえ……ヒメさまも体験すればわかりますよ?」

「う、うん……で、でも……」

あれだけ口が回ったヒメガミも本願に関わることになると無口になった。

(わ、わたしも……恋をするのかな……神でも……恋をするの……?)

神と言えば、恋多き神は八百万の神々の中でも随一の神の名があるだろう。オオナムチノミコト……後の大国主である。

「さあ、ヒメさま、人間界を覗いてみましょう?未だ恋を知らない幼子があなたさまのお力を願っております」

「そ、そうであろうか……の……?」

「そうですとも。そうして、一つ一つの願いを叶えて参りましては、アマガミさまの”お社”もいつか人間たちの手によって造られ、その御名も祀られることでしょう〜。ねえ?ウフフ」

ウメはヒメガミのお髪を撫でた。

「さあ、参りますよ」

「い、嫌〜、だあ〜」

ヒメガミは一応、嫌がる素振りを見せて抵抗はする。けれども、この幼い女神にもいつか恋心が芽生えるであろう。そのきっかけを与えてくれるのは……?

「さあ、こちらから覗きますよ〜」

ウメは泉の神殿にアマガミを捧げる。

「さあ、ヒメさま、そちらで禊をなさいませ。そうして、泉の底にお沈みになって、天界と人間界とを繋ぐ水の波動と一体となって人間界に漂う夢想をお選びください。そこから覗かれるのですよ?」

「い、いいわ……いつものやつね……」

アマガミは本願の作法に則り禊を済ませた。

(い、行くわね……)

幼きといえども神の生まれの女神は、その身を清い波動へと溶け込ませた。体を失って波動となったヒメガミは、想いに乗って漂う夢の世界を渡り行く。

(き、来たわ……)

アマガミは人間界と交わる縁に辿り着くと恋の願いを申す者たちと交わり合う。

(ううっ……)

ヒメガミはまだ幼く恋に纏わる願いであっても純粋で清いものからおドロドロしい紛い物まで千差万別であることを見抜くことができない。

(こ、この感じ……いやっ……)

ヒメガミは恐ろしい感情を読み取って息を詰める。

(だ、ダメ……)

ウメはヒメガミの様子がオカシイことに気が付いて神力を以って水の中を覗いた。

「あらまあ、ヒメさま……底に沈むような重い感情に引っ張られておいでですわねえ……そこはまだヒメさまには早すぎますわ……ヒメさまにはもっと若々しく新鮮なお水を渡っていただかないと……」

ウメは浮き輪のようなものを造り出して想いの海に投げ入れる。

「ヒメさまに寄り来る想いをしばらくこれで守りましょう」

ウメはそう言うとヒメガミの稚拙な漂いを保護した。

「想いの海の中では形を持ちませんから……未熟な者は、すぐに重たいものへと引きずられてしまいがち……アマガミさまのように甘味しか知らない幼神では……恋の哀れもエグ味もわからずにあるのでしょう」

ウメはアマガミの行き先が軽い波動に変わったことに安堵する。

「そうです、ヒメさま……そこからご覧になってくださいませ……人間の子供たちが見せる恋をお楽しみください」

ウメは満足するとヒメを泉の底に残したままそこを離れた。


(あ、アレは……?)

アマガミは明るくなった視線の先から子供達の様子を捉えた。


「おーい、ヒカルー?怒ったのかよ〜?」

「怒ってなんかな〜い」

ヒカルはモトキに宿題のことで揶揄われたことを拗ねて見せる。

(ヒカルが拗ねたところって、すっげ〜可愛いんだもんなあ〜)

モトキは悪いとは思いながらもついついヒカルを構ってしまう。

「謝るって、ヒカル。ごめん!」

モトキはヒカルの前で手を合わせた。

「が、学校、始まるよ?」

ヒカルはモトキをおいて走り出す。

「えっ? あっ? オイって〜?」

モトキはヒカルを追いかける。

(ああ〜、神さま〜、恋の神さま〜、いるんでしょう〜?俺の恋路を叶えてくださ〜い)

モトキは天を仰ぎ見る。

「居るわけないかあ……」

モトキは、「はあ〜っ」とため息を漏らす。

「イルゾヨ」

一瞬風が吹き抜けたと思うと草木がザワザワとざわめいた。

「イルゾヨ」

モトキはゾッとして後ろを振り向く。


「何してんだよ? モトキ?」

振り返るとサトシが不思議そうに立っている。

「えっ!? ……あっ、なあ、サトシ……?」

「何だよ? モトキ? 変な奴だなあ〜?」

「な、なあ……お前、さっき、俺に何か言ったか?」

「はあ〜? 俺が〜? お前に〜? 何を言うんだよ?」

サトシは、さも、興味が無いと云う口調だ。

「おっかしいなあ〜」

「ハハ。おかしいのはお前だろう〜? モトキ〜? 何か変なもんでも食ったか?」

サトシは指をさして笑う。

「そ、そこまで笑うことねえだろ〜?」

モトキは指をさすサトシの指を掴んで言う。

「なあ、サトシ? 空耳ってあるかな?」

「空耳〜? う〜ん、あるんじゃねえ〜?」

サトシは空を見上げて言う。

「お、お前……空耳って、空の耳だと思って言ったのかよ?」

モトキは同じようにして空を見上げた。

「違うのかよ?」

「ち、違うだろ……?」

サトシとモトキは雲ひとつない天空を眺める。

「なあ、サトシ……?」

「はあ〜? 何だよ?」

「お前って、ヒカルがお前を好きな理由って知ってるわけ?」

「はあっ? 知るかよっ?」

サトシはモトキの顔を見て言う。

「お前、それが知りたいのかよ?」

「えっ? ああ、うん……まあなあ」

モトキは空を見上げたままだった。

「祈ってみれば?」

「はあっ?」

「だから〜、神に祈ってみればあ〜って、言ってんの〜」

サトシはフフンっと鼻先で笑う。

「バカにしてんのかよ? サトシ〜?」

「んなわけねえじゃん?」

「本当かよ〜、さっきからお前はあ〜?」

「俺さあ〜、夢で見たんだよねえ〜」

「夢〜?」

「おう、夢」

「どんな夢だよ?」

「そうだなあ……エリカさんと手をつないでたな俺」

「お前、それって、マジで夢じゃんか!?」

「だろう〜? でもさあ……」

サトシは学校に着くまでにあったことをモトキに話した。


「えっ!? マジでーっ!?」

モトキは校門前で絶叫する。

「シーっつ、お前、マジで声がデカいって……」

サトシは口に指を一本当てて静かにするようにモトキにジェスチャーをする。

「な、なんだよ……それ?」

モトキはサトシから聞いた話を信じられないという顔をする。

「だから〜、俺んちって古いじゃん? 昔から神棚とか飾ってあるお家なわけ。じいちゃんもばあちゃんもメチャ神様とか信じてるしさあ〜、俺も、エリカさんとのこと本気だからさあ〜、願っちゃったわけ」

「えっ? ど、どこに……?」

「池」

「池?」

「そう、池」

モトキは池を思い浮かべる。

「池って……どこに、あったっけ……?」

「学校だろう?」

「はあっ!? ビオトープの池かよ〜?」

「えっ? なんで? 変かなあ……?」

「んで、何で、ビオトープの池なんだよ?」

「はあっ? だって、あそこ、天使じゃん?」

「て、天使……?」

モトキは小便小僧の像のことを思い出す。

「あ〜あれ〜……って、オイッ、マジかよ?」

「恋と言えばキューピットだろう〜? 天使なんてそうそう見つかんないじゃん? そういえば学校にあったなあ〜って……」

サトシは小便小僧の真似をしてみせる。

「お、お前……やめろって、恥ずかしい」

モトキはサトシが何かを掴む真似をする手を払うように叩く。

「そ、そんなんで、エリカさんと手つなげたのかよ? 今朝……?」

「ああ、そういうこと。じゃあなあ〜」

サトシはカバンを肩にかけ直すとチャイムと共に校舎へと走り込んだ。

「やっべえっ」

モトキはチャイムの音に気づくと一目散に教室へとダッシュした。


「コイノネガイ……シカトキイタゾヨ……」

モトキが走り去った虚空に小さな声が響いた。

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