002 聖騎士

「——不死種アンデッドの動きが活発している?」



 明朝。ルカヌス・キリエの元へ使いが訪れた。

 鉛のように重かった瞳が冴えていくのを感じる。


 深夜まで続いた婚活パーティの疲労が、使いの言葉によって少しだけ和らいだ。



「これより二時間以内に出発していただきたいのです。人選はすでにこちらで揃えております。A級聖騎士パラディンであるルカヌス様の下に、B級を五名ほど」


「あたしが仕切れと?」


「もちろんでございます」


「……しかも、二時間以内?」



 いくら何でも、急すぎでは……と言いかけたが、相手は不死種アンデッドだ。夜に近づけば近づくほど、強さが増す。討つなら日の恩恵を受けている間というのは自明の理。



「他にもA級はいるでしょうに……どうしてよりによって、あたしが」


「また婚活に失敗されたのですか?」


「うっさいわね。貧弱な男しかいなかっただけよ」


「婚活パーティに参加するような男なんて、たかがしれてるでしょうに」



 学びませんね、あなたは。使いの老婆が薄く笑った。

 


「はっ倒すわよ」


「その前に、任務をお引き受けください。A級として歴の浅いルカヌス様に功績を上げるチャンスですよ。それに……」



 老婆は薄気味悪い笑顔からいやに真面目な顔に変えてから言った。



「勇者様が行方不明になられております。不死種アンデッドが活性化してきた時期とほぼ同時。無関係だと言い切れますまい」


「勇者、ね」



 数百年前から続く由緒正しきアールマティの血族。

 人類劣勢の時代、猛威を振るう七柱の魔王のうち三柱を討ち取ったとされる伝説の勇者とその従者たち。


 その血を色濃く受け継ぎ、技術を会得し、完璧な学習環境にて育てられ、百年前の勇者に匹敵すると言わしめたほどの天才は、つい数日前に忽然と姿を消した。



「そういえば、まだ捜索してるんだっけ?」


「はい。引き続き、捜索隊が。単独で賢者ディアブロ様も捜索にあたっておられます。聖導教会の一部では、不死種の活性化をいち早く察知した勇者様が、捜査に出向いているのではないかとの声も」


「殺しても死ななそうなヤツだから、まあどっかで生きているでしょ」


「ちなみに、ルカヌス様が勇者様の幼馴染で仲が良いということも考慮されて今回の任務に選ばれております」



「あいつの目撃情報もないのに? ……ていうか、結局のところあたしの実力じゃなくてあいつのおこぼれ的なアレじゃない」


「まあまあ。もちろん相応の実力があるとみなされてもいます。ともかく、依頼の内容はこれに書いております故、急いで支度を」


「はあ……ハイハイ」



  使いから受け取った羊皮紙に書かれた任務内容に目を通したルカヌスは、早速準備に取り掛かった。


  ネグリジェから聖騎士パラディンの霊装へ換装し、A級を示す紅のローブを羽織る。


  各種装備をチェックし、最後に愛用の剣を腰にいてから家を出た。



「んん〜……眩しい」



  まばゆい黄金の朝日に手を添える。



「……帰ってきたら、ナンパでもするか」



 先ほどの使いの言葉を借りるなら、婚活パーティに参加するような男はたかがしれているらしい。


 なるほど。確かに三回ほど参加したが、ろくな男はいなかった。

 そもそも、五分そこらの面接で彼我の何を知り得るのだろうか。


 先日二十五になったルカヌスは、未だ男という生き物がわからなかった。


 戯れで付き合った男はいたが、面白みもなければ雄としての品格も乏しく一年ももたなかった。


 すでに結婚し、子どもが居てもおかしくはない年齢。

 子どもを育てながら聖騎士として活躍している同期がほとんど。



「結婚、か……」



 何だか忌々しい言葉に思えてきたそれ。

 互いを束縛し合う関係の何が魅力的なのだろう。

 


『ルカヌスは流されやすいから。もっと自分を保たなきゃダメだ』



 昔、二つ年下の小生意気な勇者に言われた言葉を思い出す。


 あの馬鹿は、今どこで何をしているのだろうか。

 また変な女に騙されて苦労してるんじゃないだろうか。

 そもそも、あいつの存在が悪い。

 男の基準があいつになっているせいで、あたしは……

  


「考えるのやめ。とりあえず、仕事よ仕事」



 ため息を吐いて言葉を振り払う。

 今は目先のことに集中しよう。


 思考を切り替え、ルカヌスは上り始めた太陽に向かって歩き始めた。

 


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